どうか 風に流されずまっすぐ上へ昇っていって
・・祈るような気持ちで 風船を見続けた。
本当の気持ちなんて押し隠して人に合わせてふらふら流されてるだけの自分のことを どう書き表していいか解らなくって、自己紹介の手紙の文字を書いては消し 書いては消した。
結局 小学校の住所、自分の名前と学年だけなんとか書いて ひまわりの種に添えた。
学校にその葉書がついたのは卒業も間近い 冬の終わりだった。
「あなたが風船につけて送ってくださったひまわりの種 受け取っています。もうすぐ中学生、ひまわりで言うとまだつぼみをつける前、空に向かってぐんぐん伸びている時期でしょうね。時期が来ましたら 畑の日当たりの良いところに植えたいと思っています。」
ほとんど同じメンバーでそのまま中学生になって2年半が過ぎたけれど、ひまわりの種をつけて飛ばした風船の話はそれからほとんど出ることもなかった。
他に手紙が届いた子もいたが 会いに行ったという話もない。
気になってはいたが いつの間にか忘れていた。忘れた・・と思うことにした
「みんな」が行く高校を 友達と見学に行くことにした日、電車の路線図にその駅名を見つけた。
差出人の「おっちゃん」の住む町の駅だ。
「マユ どうしたのぉ・・行くよぉ」
友達の声が 遠く聞こえた。
初めて 「みんな」の声に逆らって反対向きのその駅まで切符を買った。
丈の高いひまわりが畑の一角にたくさん並んでいる。
立ち止まって見ていたら花の間から年配の男の人が出てきた。
腰は少し曲がっているけれどこっちをまっすぐに見てゆっくり話し、畑仕事で日焼けした顔に白い歯を見せて大きく笑う。
「今度は 風船に女の子がついて来たのかと思った 」
何かのキャンペーンとかで駅前で配っていた風船を何となく受け取ったまま持っていたことに 気づいた。
知らない人にこんなに自分のことを話したことがない。一言でなんか言えない自分のこと、どうしても好きになれない自分のこと・・。
興味もないアイドルの話に 楽しそうにうなずき、嫌いでもない子を「みんながするから」と避けたりして、中学もまたそのまま 終わろうしていること。
風船につけられなかった 自己紹介のかわりに、一言で書く事ができなかった手紙のかわりに、言葉が溢れるように出てきた。
毎年 ひまわりを見るたびにこうやって心の中でこの人に話しかけていたのかもしれない。
「おっちゃん」に頼んで種が出来たところから少し分けてもらって包みに入れ、持っていた風船に つけた。
手を離すと風船は ふわりと風に流されて行った。
─ 今度、風船をたくさん持って来ます。色んな想いをいっぱい託して、ここから 飛ばしてもいいですか?
「おっちゃん」にまた来る約束をして 帰りの電車に乗った。
「みんな」が行く高校以外に少し気になっていた別の高校も今度、一人で見に行ってみよう。
電車の窓の外遠く、風船が一つ、風にゆっくり流されながら、それでも高く高く昇って行った。
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