2019.04.26 17:37ひまわりの庭 世界から音が消えた。いきなり耳が聞こえなくなったのだ。母の葬儀の後、実家の片付けも一段落して、押しかけ同居人の義人と 穏やかに過ごしだしたその後、仕事に戻った一カ月後のことだ。「やっぱりストレスとかじゃないかなぁ。のりちゃん」紹介された総合病院での検査結果を眺めながら、幼い頃から馴染の医者は言った。「お母さん亡くなって どっかで無理してないかな?」 診断の時の様子や医者の言葉などを家に帰って話すと、翌日義人は慌てて点字の本や癒し系の音楽の入ったCDを買いこんで来た。そして「こんなもの買ってきちゃったぜぇ」と自慢げに披露し始めるまで 自分のトンデモナイ間違いに気がつかなかったのだった。義人の相変わらずのトンチンカンさには笑えたけれど、その慌て方を見てい...
2019.04.04 03:22叶のことを考えていた 僕はゆらゆらと水の底に沈んで行くんだ。右の手を誰かに引かれるようにゆっくりと。とてつもなく真っ暗で 音のない世界。ずんずんと 深く深く 沈んで 沈んで 沈んで。苦しくなったり気を失ったりした方が いっそいいかもしれない。なのに 僕はただ暗闇にずんずんと沈むんだ。 汗をかいているのに 手足は冷え切っていた。うなされていたのだろうか、2段ベッドの上から草太が顔を覗かし、小声で聞いた。「カナウ、大丈夫か?」 *「カナウちゃんの右の手を握っておねがいごとすると ぜったいに 叶うって」そうちゃんが言ったもん、五歳の菜摘が無邪気に笑ってそう言った。「だから?」「だ・か・ら」 枝のように細く白く、不思議な向きに折れ曲がったその右手を、ナツミは大事な宝物に触れるよう...