2019.03.30 03:06スイーツバイキングには もう行かない 週末にスイーツバイキングに行くから付き合えと鈴が言った。そんなところは女子同士で行った方が楽しいのではと、蒼汰はやんわり断ったが、鈴に押し切られた。 鈴の母親の奈津子おばちゃんが亡くなって、まだ一週間しか経っていない。いや、鈴にとっては「やっと一週間」なのかもしれない、それとも「もう」なのだろうか。一週間の重さを測りかね、結局蒼汰は鈴に何も言い返せなかった。 奈津子おばちゃんが入院してからの数か月、鈴は毎日病室に通い、プリンやゼリー、アイスクリームを届けて、一緒に食べたという。本当は焼き菓子が大好きなのに、ずっと熱っぽくて、そういうものしか食べられないとおばちゃんが嘆くから鈴は、良くなったら、スイーツバイキングに行って 思いっきり食べようね絶対だよ、...
2019.03.28 12:24ごあいさつ「生きることにちょっと 不器用な子どもたち、もと子どもたちの 短いお話を 綴っています」という言葉を添えて「STAND BY ME」というblogを始めたのは 2005年でした。50音順に一つずつ 絵日記のツールで短いお話を創ることから始め やがて「Mystery Circle」という創作のサイトさんにお誘いを頂き、参加させて頂きました。初期のとんでもなく拙いもの、言葉足らずなものも、私にとっては大事な一編一編で、その時読んでいた本やその頃の我が家の様子が大いに反映されているのが自分では解ります。何かに応募するとか本を創るとか、そういうレベルではないのですが、書くことで自分自身を見つめたり、わくわくする時間を持てたり 癒されたりしてきました。書くことが...
2019.03.27 04:18記憶の底の建築群『猫は建築家だった』と ヒロオカタツミがつぶやいた。康太先生の車で、その女子校へ行き、有名な外国人建築家が設計したという校舎を見て回った。アーチ型のホールの入口や 壁や柱の細かな細工、渡り廊下の丸い窓、質素で温かみのある礼拝堂の木の扉。それらのひとつひとつを愛しむように目を細め眺めた後、ヒロオカタツミは続けて言った。『何度か生まれ変わったけれど、そのたびに建築家になる』小さくてかすれていて でも、深くその人の心のそこから響いてくるみたいな声。その声にどきりとしたことを 私は一瞬のうちに打ち消す。──ふんっ なに?解ってもないくせに。知らないじゃない。入って来ないでよ。なに、それ。 康太先生の脇をつっついて「それ、言うならさ、『あるときは ねこは建築家の...
2019.03.22 00:08その夏(けっして 忘れないこと)いつも見るのは足音が聞こえてきそうな夢だ。母は入院中ずっと「歩く」ことにこだわった。「鍛えておかないとね。足はすぐ弱るから」そう言って いつもこうやって足の体操をしているのだ、とベッドの上、半身をおこして伸ばした足をぱたぱたさせて笑った。白いまっすぐな足が薄い夏もののパジャマから出ている。かなり痩せてしまったものの、年齢を感じさせないつややかな脚だ。足の爪も手の爪と同じに奇麗な形だ。適度な厚みと幅を保って長く、先に向かって緩く細くなる。赤いマニュキアの良く似合う爪だと私はよく羨ましがって褒めた。残念なことに私の爪は母に似ず、父ゆずりの小さく丸っこい形だ。点滴がある時は器具を支えにして、薦められても歩行器には意地でも頼らず、病棟の廊下をくるりと一周、母は...
2019.03.01 01:03夏のワルツ ・サティさんの話を しよう―手を出して。彼が目でそう示す。そのサインはたぶん私にしか解らない。何かを包むように合わせた両の手のひらをそっと開き、彼は私に向けて、それを流し込むようにする。 そしてそのまま彼は静かに目を閉じた。すっかり安心した寝顔を私はただ見守っていた。その数日後 彼は旅立った。 * 彼、の話をしよう。初めて出会ったのはもう十年以上前のことになる。そして 会うことがなくなってからの長い時間 彼の消息について私は何も知らなかった。聞いたことも無い遠い田舎町の病院に入院している、もう長くないのだと彼の親戚という人からメールが入った時の驚きは言い表せない。 どういうご関係の方かも存じませんし こんな連絡もご迷惑かもしれませんが…と、メールの送信者さえも 彼のことをよ...