夏のワルツ ・サティさんの話を しよう












―手を出して。


彼が目でそう示す。そのサインはたぶん私にしか解らない。何かを包むように合わせた両の手のひらをそっと開き、彼は私に向けて、それを流し込むようにする。 そしてそのまま彼は静かに目を閉じた。すっかり安心した寝顔を私はただ見守っていた。その数日後 彼は旅立った。


   *


 彼、の話をしよう。


初めて出会ったのはもう十年以上前のことになる。そして 会うことがなくなってからの長い時間 彼の消息について私は何も知らなかった。聞いたことも無い遠い田舎町の病院に入院している、もう長くないのだと彼の親戚という人からメールが入った時の驚きは言い表せない。 どういうご関係の方かも存じませんし こんな連絡もご迷惑かもしれませんが…と、メールの送信者さえも 彼のことをよく知らない様子だった。


「誰?どういう人?」と聞く夫に、説明する言葉が上手く見つからない。今は使うことも無いそのフリーのメールアドレスと名前を書いたメモを彼に渡したのは、彼と私たちが過ごしたあの夏だ。自分の携帯も無く、家のパソコンを家族の目を気にしながら使う中学生の私と、携帯はもちろんパソコンを使うのかどうかも知らない彼との間を繋ぐそのアドレスは 今日のこの日まで何を伝え合うこともなかった。そんな古いメモ書きを大事に彼が持っていてくれたなんて、思いもしなかった。そしてそんな受信トレイを、その日偶然に開いたのも奇蹟のようなことだった。


  *


 彼の話を、しよう。


それまで彼のことを私は何も知らなかった。あの時私は中学生で よく学校をさぼってはあてもなくふらふらと歩きまわっていた。放課後の時間も夜遅くまで、なるべく家にいないようにしていた。家にいても学校にいても窒息しそうな自分を持て余していた。


隣町の、初めて歩く細い路地で初めて見た彼は 丈の長い白いシャツとゆったりとしたデニムのパンツにサンダルというラフな姿だった。胸ポケットから片耳に繋がる白いイヤホンからは何が聴こえているのだろうか、時折目をつぶって聴き入っている。時間の流れがそこだけ違っていて、心はもっと別の世界に居る、そんな感じがした。一瞬で「普通の大人」とは全然違っているのが解った。


 すぐに近づきになりたいと思うほど興味を持った、ということではない。何故こんなところで立ち止まっているのか、見下ろしている深い溝に何かいるのか、気にはなったがそんな素振りは見せないで通り過ぎるつもりだった。


押した覚えはない。掠ったということも無いはずだ。が、驚いたことに次の瞬間 彼は溝に入ったのだ。「落ちた」というには動作が緩慢で 「降りた」というには つんのめった様子で、足元もおぼつかない。ほおっておけ、関係ない、と気づかないふりをして去るはずだったのに、声が先に出てしまったのだ。


気まずいと思う間もなく、相手は少し首を傾げてこちらを振り向き、真っすぐに視線を合わす。慌てて言葉を探した。


「な…何かいるの?」


相手は答えないまま すっと屈んで手を水の中に入れ、両手で何かを掬うようにして持ち上げた。溝に立ったままその手を私に差し出す。溝の上から私はそれを見下ろす。何か大事なものを包み込むように合わせた両手を 高くかかげ、彼がそっと開く。ほんの一瞬、開いた掌からきらきらした透明なものが空に向かって昇っていくのが見えたような気がした。


   *


 それから何度か 同じ町の色々なところで彼を見つけた。私は彼に会いたくて、いつもその姿を探していた。あの人の澄んだ目をもう一度見たい、あのきらきらしたものは何だったのか教えてほしい、そう思った。


 舗道の脇で、公園の植え込みの前で、スーパーの駐車場で私は彼を見つけた。ひょろりと高い身長と、目を隠すように伸びた柔らかそうな茶色の髪、いつもの白いシャツが目印だった。何よりどんな騒々しい音のする場所でも人混みでも、彼の周囲の空気だけ静かに止まったように見える。何者にも邪魔されない世界で彼は一人佇んでいた。


  *


 何をしているのか 彼が何者なのかを知る機会が訪れたのは偶然で、教えてくれることになったのは 小学生の男の子たちだった。嫌がる素振りも見せないのをいいことに、だんだん遠慮無く傍に寄るようになり、好きなだけ彼について歩くようになった私を 少年たちが遠目に見ていることは気づいていた。


「ゾ・ン・ビー」


ある日 一人の少年がそばを駆け抜けながらそう言った。聞き違いかと思ったが また別の日にも その友達と思しき少年が道路の向こう側から 同じ言葉をこちらに向けて叫んだ。そして ある日、私が一人で歩いている時に


「ゾンビのカノジョー」


と言いながら 数人の少年が私の傍を駆け抜けた。


 彼らを以前見かけた児童公園で待っていると予想通りさっきの少年たちがやってきた。私を見つけた一人が連れの子供に耳打ちして くるりと回れ右して逃げ出そうとした。サボっているとはいえ一応陸上部員だ。足は私の方がはるかに速い。遅れて走っている二人を一度に捕まえることができた。


息切れしながらも笑っているやんちゃそうな茶髪と、小太りで泣きそうなもう一人、二人の頭を抱え込んだまま 後の仲間も戻ってくるように呼んだ。別に怒ったりしないから、ちょっといいかな。


 四人の子供を前にして私は 残念ながら私は「カノジョ」ではないどころか あの人のことを何も知らないのだ、と告げ、何か知っているなら教えてくれと 実にフレンドリーに話しかけた。 四人も抵抗を諦め、互いに目で合図しあうと、私に向かって話し出した。


気を許しだすと後は早い。小学生は一斉に喋るし 一人が言えばもう一人が否定するし とっ散らかって纏まりがない。それぞれが「聞いた話」を好き勝手に喋り出す。それでも 彼が「ゾンビ」と呼ばれていることと、その由来はなんなく掴めた。


「あちこちの墓場から出て来るのを見たひとがいるんだ」


「頭から血、ダラダラ垂らして 血だらけの服で歩いていたことがあるって」「あいつの母ちゃんの葬式の時、騒いで邪魔して滅茶苦茶にしたんだって」「墓を掘り返してたって。見た人がいるんだ。土ついた手のまま こう・・・」


「ぎゃーっ」




 きっとそれぞれに想像以上の事情があるはずだ。お母さんを亡くした子供がお別れが辛くて葬儀を邪魔することだってあるだろう。お墓にいたのだって、血を流していたのだって 噂が本当ならば何か理由があるに違いない。そういうのって関係ない人たちが面白おかしく話のネタにするなんて、ひとを傷つけるあだ名でからかうなんて、良くないことだと 年長者として子供たちに言うべきことは後から考えたら沢山あった。けれどその時は、それがどんな情報であれ彼のことを少しでも知ることができたことの方が大きくて、少年たちにアイスなんかおごって またね、と別れてしまった。ただ彼のことを考えたり、直接話しかけたりするとき「ゾンビ」はあんまり宜しくないと思い、次は名前を知りたいと思ったのだった。


  *


 すっかり蒸し暑くなった。学校は夏休みに入っていた。


「今日は雨降るよ、夕立。」「傘なんか持って歩いてないよね」「私、二つ持って来たんだ、準備いいでしょ」


いつものように 公園の植え込みの前に彼を探し当て、私は話を続ける。全く私の声が彼に届いていないとか、鬱陶しく思われているとかではないことを勝手に信じていた。


「何をいつも聴いているの?」


ポケットには今時珍しい旧式のカセットテープレコーダーが入っていて、イヤホンはそれに繋がっていた。


「聴きたいな、私も」


そう言うと、彼はゆっくりとした動作でイヤホンを外し、私に差し出した。私への初めてのはっきりした反応に驚きつつ、とても嬉しかったことは忘れない。イヤホンからは女の人の声と、その後ピアノ曲が流れた。


『お母さんの大好きなサティを弾きます』後ろで子供の楽しそうな笑い声も聞こえる。話し声は優しく、ピアノの曲は聴いていると波に揺蕩っているような、心地よい気持ちになるワルツだった。「お母さん」の声と音楽を共有できたこと、それを彼が私に許してくれたことが嬉しかった。


距離がうんと縮まった気がして、それ以降、毎回更にいろいろと話しかけた。やはり彼はほぼずっと無言ではあったけれど、たまに小さな相槌やかすかな表情の変化を見せてくれるようになった。だが そういうのもまだ一瞬のことで、その後は傍にいるのにどこか違う世界に居るような彼に戻る。名前も聞き出せないままだったので 彼を勝手に作曲家の名前を借りて「サティさん」と呼ぶことにした。


  *


 サティさんが立ち止まるとき 彼の視線の先を気を付けて見ると そこには見逃しそうな小さなものの「死」があった。


まだかろうじて生きているものもあったけれど、お腹を上に向けた小さな魚や 身体から液を垂らして動かなくなったバッタや、何かに轢かれたのか片羽が破れ、アスファルトに張り付いたような蝶もいた。


 最初に彼を見た日もきっと 溝の中にそういう生き物がいたのに違いない。彼はそういう生き物を見つけては、立ち止まりじっと見つめていた。彼はしゃがんでその小さなものにそっと触れ、目を閉じて長い間黙っていた。明らかに息絶えたものについて 私が「埋めてあげる?」と聞いた時、彼は私の声ではっと我に返ったようにこちらを振り向き、静かに首を横に振った。


アスファルトの上で死んだカマキリは、花の傍にそっと移した。鳥は羽を一枚風の中に飛ばし、飛んでいくのを見送った後、銀杏の木の下に埋めた。


 土に、草に、空に、水に。様々な方向に向けて 彼は手に包み込んだ何かを そっと放つ。それはきっと生き物たちの「魂」なのだ、と私は思う。そしてそういうものたちの最後の声を、どこに行きたいのか どうして欲しいのかを 彼は埋葬する前に、聞き取っていたのだ、と そう思う。


 ハムスターの死骸をあの小学生たちが公園に埋めに来たところに出合ったことがある。一人の子がかわいがって飼っていたハムスターだったらしく、酷く泣きじゃくっていた。他の子たちも流石に口数少なく、項垂れている。サティさんが近づいて行って、そっと手を出しハムスターを自分の手のひらに載せ、静かにその身体を撫ぜた。厳粛な葬儀をしてでもいるような様子で子供たちは彼を囲み、彼が目をつぶると 同じように黙とうした。すすり泣く子供たちの声以外の音が一切消えたみたいだった。


ハムスターに野の花やヒマワリの種を添えて桜の木の下に埋めながら、少年の一人が古い映画の話をした。身寄りのない小さい女の子と少年が出会って、死んだ動物たちの墓地を作る話だ。


「だんだん秘密の墓地作りがエスカレートして霊柩車の綺麗な十字架とか…本当のお墓からも十字架盗んで使っちゃうんだ」


「なんとなくわかるかも。独りぼっちのお墓で目印もないのって寂しいもん」


「だけど大人には、たちの悪い悪戯だと思われちゃうんだよね」


「ねえ、ここにも何か立てておく?やっぱ十字架?」


俯きながらぼそぼそと映画の話を続けていた四人はそこで考え込んでしまい サティさんの方を振り返った。サティさんはゆっくりと立ち上がって両の手で太い幹に触れ、高い枝越しに空を見上げた。


「大丈夫。桜の木があるもの。毎年綺麗な花が咲くんだよね」


サティさんと同じに空を見上げ、拳で涙を拭きながら飼い主の少年が言った。


「で、その話はその後どうなるの?」「女の子は連れて行かれちゃうんだ。一緒にいさせてくれるって約束したのに。大人なんて嘘つきだ」


私でさえ知らないほど古い映画のようだったけれど、少年が口ずさんだ物悲しい綺麗なメロディーには聞き覚えがあった。


埋め終えるとサティさんはかぶせた土の上に長い間手を当てていたが、いつものように両手で何か掬うようにして包み込み、そのまま立ち上がった。みんなが黙ったまま彼の動きに注目する。彼は飼い主の少年の胸のあたりに向けて その手を差し出し、何かを彼に流し込むような角度でそっと開いた。暮れかけた空は夕焼け色に藍色が迫り いくつかの星が瞬いていた。


「あ…」


私は思わず声をあげる.


木陰の暗がりの中、飼い主の少年の胸に向かって きらきらしたものが流れ、揺らめいて消えた…ような気がした。


  *


 サティさんと二人の時は相変わらず私が勝手に喋っているだけだったけれど、夏休みの間に サティさんを囲んで私たちの関係は緩やかに変化していった。子供たちも、もう彼を「ゾンビ」とは呼ばない。


 小学生たちについても茶髪はタクミ、眼鏡はトキマサ、映画の話をしてくれたのはナオヤ、ハムスターの飼い主の小柄な子はトシキ、と名前で呼ぶようになった。「サティさん」は「サトルさん」だということも解ったが 音がどこか似ていることもあって「サティさん」とみんな呼ぶようになった。胸ポケットの中のテープレコーダーは彼らにとってかなり珍しいものだったようで、彼にせがんでは触らせてもらっている。いつもイヤホンを回し、みんなで 彼のお母さんの演奏するサティのピアノ曲を聴いた。


 サティさんのお父さんがすぐ殴る人だったという話はトキマサが聞いてきた。


「だから、この前言っていた『血がだらだら』?」


「お父さん出て行ったままだって。サテイさん、今一人暮らしなんでしょ?」


そんな話をきっかけに、私も寡黙で不思議な大人と子供四人を相手に、自分の家の事情とか悩みとかを話し始めた。うちの父も言葉の暴力で母や私を責め立てる。いっそ殴れば?とか出て行ってくれればいいのにと思うこともある、と話すと、サティさんはとても悲しそうな顔をした。子供たちにも大なり小なりそれぞれに家族との悩みがあった。


「品出しの仕事、うちの母さんパート始めてさ、知ってたよ、サティさんのこと」


「仕事、真面目だし丁寧だって。店長もほめてたって」


いつものように公園の桜の木の木陰で集まって喋っていた。サティさんの勤める店の店長の話をまるで自分が褒められたように自慢げに話すトシキの様子がおかしかった。


 ナオヤがあの映画のテーマ音楽をハミングする。


「途中から明るい感じになるところが好きなんだよね」


ナオヤが言う。


「転調っていうんだよ。短調から長調」


私が言う。トキマサがテープで覚えたサティのワルツをハミングする。


「これはずっと明るいからいいね」


トシキが言う。タクミがトシキの手を取って適当なワルツを踊り出す。ナオヤが長調のところだけ繰り返して歌い、三人の歌うサティのワルツに被せる。私も照れるトキマサの手を取って立たせ、日が陰るまで大笑いしながら踊った。


 みんなといる時のサティさんの表情がとても柔らかくなり、子供たちの一人ひとりをちゃんと「知って」いることが解る。黙っていても答えなくても決して聞こえていないとか無視しているとか そういうのではないことがみんなには判っていた。サティさんと私と少年たちはその夏「親友」だった。


  *


 けれど楽しい時間は長く続かない。トキマサが塾の夏期講習に行くことになった。「訳の分からない大人や中学生と一緒にいる」ことを親にとがめられたのだと トキマサが悔しそうに言った。私も私で、公園でサティさんと制服姿の私が一緒のところを見かけたと学校に通報された。真面目に学校に行っていなかったことで父に詰られ、母にはサティさんとのことであらぬ心配をされ、部活に戻るよう教師に説得された。教師に頼まれたのかもしれないが、数人の友人も何かと訪ねて来、対応に忙しく過ごした。何もかも反発してきた今までと、少しだけ自分が変わった気がするのは、小さな命に心を寄せるサティさんと過ごした時間のおかげだと思う。小学生の「仲間」の前で、拗ねてかっこ悪い自分をそのままにしておくのも嫌だった。


父も母も、通報した人も教師も知らないことがある、解らない大切なことがある。そんな大人は可哀そうだな、そう思う。




決定的な別れがやって来たのは雨の降る蒸し暑い日だった。部活を終えた私のところにタクミとナオヤが息を切らしてやって来た。


「大変だよ、サティさんの部屋が火事だ」


「火事…って。サティさんはどこ?無事なの?」


みんなで一緒に走り出す。


「サティさんは大丈夫。留守だったんだ」


「良かった」


「でも…違うんだ、良くないんだ」「何、どういうこと?」


ナオヤが息切れしながらなお、必死で話そうとする。


よく聞くと 大きな火事ではなくいわゆるボヤで済んだそうなのだが、大家さんがカンカンで、今すぐにでも追い出されそうだ、ということだった。


「『最初から反対だったんだ。あんな奴を一人暮らしさせるなんて』、って 親戚呼びつけて連れて行けって怒ってる。親父さんが出ていったままって知らなかったんだって。」


「あんな奴…って、」


「アイロン掛けてる途中で置いたまま 公園に行ってたんだって。パニックになって土掘り返してたって」


いつも 白いシャツは綺麗に洗濯してアイロンもしっかり掛けられていた。それはサティさんのこだわりで、


「アイロンなんてうちの母ちゃんより上手だ」


タクミが悔しそうに言う。何でそんなに急いで公園に行ったんだろう。どうして土を掘り返したんだろう。どうしてパニックになったんだろう。走りながら色々なことが頭の中でぐるぐる回り続けた。


でも、私たちが揃って会うことは結局それからずっと無かったのだ。サティさんは警察や消防に事情を聴かれ、大家さんに責め立てられ、怯えて更にパニックになったという。


私たちは親に頭を下げてもいい、誰か大人に掛け合って、彼が追い出されたりしないように何かして上げたかったが、動くにはすでに遅かった、母方の親戚という人が呼ばれて、ほんの数日のうちににサティさんを連れて行ってしまった。 どこか遠くの「施設」に入れられたと聞いたのは 秋も深まったころ、塾の鞄を下げたトキマサとたまたま電車で出会った時だった。


  *


「生前『お墓になんか入れてほしくない』って母親がサトルに言っていたんです」


訪ねて行ったその日、病室で私を待っていた親戚のおばさんは私に言った。 亡くなったお母さんの親戚という、その人の声や喋り方はどことなくカセットテープのお母さんの声を思い出させた。


「心配だったんでしょうね。あの子を父親と二人にして、置いては逝けない、そういう意味だったんだと思います。」


お母さんの亡くなった日はあのボヤのあった日と同じに蒸し暑い日で、雨が降り出していたというのも一緒だったそうだ。お母さんのことを思い出したのかもしれない、とおばさんは言った。そうなのかもしれないし、公園に埋めたハムスターや、小さな生き物たちの呼ぶ声がサティさんには聞こえたのかもしれない、私は黙っておばさんの話を聞きながらずっとそのことを考えていた。


 やっぱり一人暮らしなんてさせないで 誰かが世話をすべきだったのだ、とおばさんは悔やんでいる様子だった。言っても仕方ないといいながら 出て行った彼の父親について無責任だと非難するその人に、私は私の知っている彼が、どんなに「ちゃんと」暮らしていたのかを話した。


  *


 サティさんが亡くなったことを私は彼ら、タクミ、ナオヤ、トキマサ、トシキに連絡した。


彼らが来たら一緒に、私がサティさんから受け取った「サティさんの大事なもの」を空に向けて放とう。身体がどこにどんな形で埋葬されても心配ない、私は先に受け取ったものを手の中に大切に持っている。それだけじゃない、ここにも、この胸の奥にもサティさんから大事なものをもらって持っている。


 四人揃って本当に葬儀にやって来るかどうかは解らない。でもあの夏休み 確かにサティさんと私たちは親友だった。それは変わらない。


みんなで彼の話をしよう。ワルツを聴きながら無口で不思議な、澄んだ目をしたサティさんの話をしよう。








ぺんぺん草 花束にして

オリジナル小説、随筆など。fc2「stand by me 」から引っ越しました。

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