義人がいる。
何で一緒に暮らしているんだか解らないけど気が付いたら うちに住みこんでいる。
母が亡くなって 一人でぼんやりしていたかったのに何故だか 葬式の後 そのままついてきていつまでも帰らないで アタシの実家に居座っている。一応 付き合ってはいたけど同棲するとか そんな気は全くなかったし、長く付き合うとかそんな風になるとも 思っていなかった。何かすっとんきょうで トンチンカンで やっぱり変な男だ。
今日は ぼんやり TV観ている私のそばで床を磨いていたかと思ったら、今度は庭の草を抜いたりしている。庭の隅っこで 何やらやっていると思ったら 勝手に花の種を播いていたらしい。
「何が咲くかは お楽しみ」だそうだ。
親族でもないくせに 何と言って取ったんだか会社も結構長く休んでいる。
──ユカコちゃんだっけ、この間会ったのりさんの友達さあの娘の喋り方ってミサイルみたいだよな。あんな娘といつもいたら たまんないよな、オレなんか返事のスキもない。
ひとりでうんうん頷きながら 解った顔で喋りつづける義人の声はソファに横になって うとうとしてても やっぱり聞こえててそこ ミサイルじゃなくマシンガンだろうが と思う。思うけどもうどうでもよくて 突っ込む気にもならない。
──缶切りってほら、キコキコするやつじゃなくほら ぐっと挟み込んで回していくのあるじゃん確かに 便利かもしれないけどさ、いや 基本キコキコするのが良いよな、クルクルなんて邪道だ。
今度は何でだか 缶切りについて 熱く語っている。
残念 うちのキッチンの引き出しにはそれがあるんだよ。母も私も 気に入ってそれ使ってきたんだよ。眠くて眠くてたまらないから今度はワインの栓ぬきについて語る義人を 放ったままアタシは 目をつぶる。
このところ ちゃんと眠れていない。いや 眠っているんだか いないんだか 自分でもよく解らないのだ。ただ だるくて めんどくさくて ぼんやりしたいだけで。なのに 義人は ずっと どうでもいいことを傍でちまちまやりながら しゃべり続けているのだ。あの日やってきてから ずっと、そう、ずっとだ。うとうとしながらも なんとなく義人が こちらを観ているのが解ったから背中を向けた。
──急がなくていいよ。元気出るまで のりさんの傍にいるよ。
頼んでもないのに、義人がそんなことを言っている。
眠りが足りて もう少し元気になったら そうだ、ユカコを呼んで二人でガンガン マシンガントークして、くるくる回す邪道な缶切りで母が大事に仕舞い込んでいたはずの頂き物の缶詰開けて、力入れずに開けられる便利でおしゃれな栓抜き使って ワインを開け、義人があくびしてすぐ寝てしまうような 盛り上がりのないだらだらした映画を観て過ごすのだ。
ここはアタシの家だ。アタシと母が大事にしてきた家だ。親戚のいいなりになって 手放したりしない。
ここには 今アタシと義人がいる。ちょっと 心地の良い……そんな家だ。
なんだか急に そんな気持ちが言葉になって すうっと 胸の中が楽になった。
やっと 深い眠りにつけそうな気がする。
遠ざかる意識の向うで 調子っぱずれで間延びした義人の子守り歌が聞こえる。
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