留守番(友達100人できなくっても)


「一人で お留守番のとき、 宅配便のひとが来たら どうしたらいいのかな?」

「いないフリ~」

「インターホンで”今だーれもいません”って言う」

「いるじゃないですかって 言われるし~」

みんな口々に 好きなことを言っている。

「さまざまな危険から 自分で身を守りましょう」 っていう 授業。 

「ママは 私をひとり置いて 出かけません」(だから 留守番したこと ありません・・・)って 正直に言った方が いいのかな・・ヒトミは ドキドキした。

ママは カギっ子だった。自分が それで寂しかったから 「おかえり」をいつも言いたいんだって。だから 出かけても学校が終わるまでには絶対に 帰ってくる。

結局 ヒトミは当てられないまま 授業は進み、授業の終わりに 先生が「ドアは絶対開けないで また改めて来て貰うように言う」ということで 締めくくった。2年生のときのことだ。 

 ★

「ごめんねヒトミ、今日は少し遅くなるかもしれない。」

初めてママが ヒトミに言ったのは 4年生になってから。

もう鍵持ってる子も多くってかわいいキ-ホルダーの見せっことか している。ちょっと羨ましいな、ヒトミは思う。

「いいよ。誰か呼んで遊んでてもいい?」

─部屋、片付けとくね・・

ママは キラキラ光る銀色の鍵をヒトミの手に乗せた。こういう日に限って 誘っても誰も遊べる人がいないんだ。塾、習い事、お医者さん、買い物・・

ごめんね、って言って みんなに断られた。ポケットの鍵を 何度も何度も確かめながらヒトミは マンションのエレベーターに乗る。ドアが閉まりかけたとき タイチが滑り込んできた。

─ いつもは うちの前のらせん階段 ガタガタいわせて駆け上がるくせに

横目でタイチを睨む。

長いコイル状のキーホルダーに玄関の鍵付けて、ズボンのベルト通しから ぶら下げている、これは1年生のときからの タイチのスタイル。最近は 中学生の真似して ズボンを少し下げて穿いている。    


「ハンコ押して 受け取る」

あの授業の時 となりの席のタイチは 小声で言った。でも その声はみんなの声にまぎれ かき消されてしまった。タイチは それから ずっとつまらなそうに 鉛筆をコロコロ転がしながら授業が終わるまで ひと言も言わなかった。  

  

ヒトミが幼稚園の時 タイチは大阪から引っ越してきた。

─ 同じ歳の子が真上の部屋に来た

ヒトミはちょっと嬉しかったんだ。でも男の子だし、保育園に通っていたし一緒に遊べるタイプじゃなさそうだった。ヒトミはとても がっかりしたのを 覚えている。   

5階でヒトミが降りると、タイチも何故だか降りてきた。

「何で 降りたの?ここ5階だよ。」

ヒトミが言うと

「エレベーターなんか かったるい。」

タイチは答えて 玄関前のらせん階段を駆け上って行った。

「変なヤツ」

鍵をガチャガチャやって、開ける。

「ただいまっ。」

誰もいないのが解かっているくせに、大きな声を出す。さっきまでお天気だったのに なんだか急に空が曇ってきて家の中が 暗い。家中の電気を点けて回って、TVのスイッチをONにする。

ワイドショーでは 誘拐事件ドラマはサスペンスの再放送。いきなり死体役の女優さんのアップ。

やだやだ、お昼って何で こんなのしかやってないんだろう。通販の番組をつけたまま ヒトミはおやつを探した。空がますます 暗くなる。

ピカッ・・バキバキバキッ・・・・・イナビカリ、そしてかみなり・・・。

上の階のタイチが暴れてるのも たいがいうるさいけど見晴らしのいい5階、ベランダの窓から見える イナビカリは思いっきり迫力があった。ガラス戸を全部閉め、カーテンも閉めた。イナビカリがまた 空を裂く。

─ ピンポーン

ママだ!ヒトミは慌ててドアを開けた。立っていたのは タイチ。

「何?」

ぶっきらぼうに言ったつもりだけど 実はタイチの顔見て安心した。安心したの、ばれたかな・・・コホンとヒトミは咳払いする。

「これ」

回覧板。

「え?上の階の人全部回してからだよ、誰もいなかったの?」

「さぁ」

「いるのに 飛ばしたらだめなんだよ、 この前も隣のおばちゃん怒ってたもの。」

「なら いい。」

タイチは クルリと後ろ向いて また階段を駆け上る。

「もうちょっと静かに上がってって この前お母さんが・・・」

後ろから叫んだが タイチの逃げ足は 速かった。雨が バタバタと音を立て、強く降りだした。

ママは今日は乾燥機使ってたから 取り込む物はない。ヒトミはふと、タイチん家ってどうなのかな、そう思ったら じっとしてられなくなって階段、駆け上がった。 

─ ピンポーン

鍵を開け、チェーンを外す音がする。

「何?」

「チェーン 外しちゃダメなんじゃないの?」

「覗き穴から オマエ見えたもん。オマエこそさっき いきなり開けたんちゃうん?」

タイチは 大阪弁を直さない。ふざけて言ってる訳じゃないのに 笑われる時があって時々それが ケンカの原因になっている。

「あれは・・お、お母さんが帰ってきたかと思ったの。あ、えっと・・雨降ってるよ。洗濯物入れた?」

「とっくに。こっちは 留守番、プロやもん」

ヒトミだって ほんとはちゃんと知っている。保育園、放課後の学童保育、友達といる時間は長くっても、その後の時間タイチは お母さんが仕事から帰るまでひとりで待っている。

─ よその家に上がり込むのは良くない、外で遊ぶのは5時半まで。

タイチはお母さんとの約束を きっちり守っている。洗濯物の取り入れどころか ガスコンロを使って簡単な料理だって小さいときから出来るらしい。そんなことも「留守番の時の安全」の授業ではタイチは 言い出せなかったに違いない。    

 「それよりオマエ、家の鍵閉めてきたんか?」

「ああっ」

ヒトミが 慌てて階段を駆け下りる。ガチャガチャ鍵かけて タイチもすぐに後を追ってきた。ドアの前で顔を見合す。

「泥棒・・いないよね・・」

「開けてみぃ・・」

「うん・・・」

おそるおそる ドアを開ける。人の気配はない。 玄関は 出たときのまま・・。

「中 見て来い」

「ええっ タイチ見てきてよ」

「アホ 自分の家やろ」

タイチの服をつかんだまま、ヒトミは 少しだけ家の中に入ってみた。心臓がバクバクいう。

あのカーテンの陰、それとも そのクローゼットの中・・誰か潜んでいたら どうしよう・・タイチが カーテンをガバッと捲くる。ヒトミも 息を止め目を閉じたまま クローゼットを開けた。だれも潜んでない・・・。でも この 廊下の奥は・・・・その時 

「ただいま、ヒトミ。遅くなってごめんね。」

玄関でママの声がした。まだ、奥まで見ていないのに 緊張が一気に解けて二人ヘナヘナと 座り込む。

「あらあら どうしたの・・?」 

 ★

ママに事情を話すと 全部の部屋を 開けて見せ

「そんなに長い間じゃなかったんでしょ? 大丈夫よ、よかった、何もなくって。」

ママは笑って 言った。ママの笑顔で心がほわほわ柔らかくなった。

─ 今日は特別だからタイチはママに引き止められてヒトミの家で おみやげのクッキーを食べた。「もう遅いから」

きっちり5時半にタイチは言って ひとりの家に戻る。

「今日はさ・・・ありがとう」

タイチを玄関まで送って ヒトミは聞いた。

「ねぇ・・タイチってさ、留守番 寂しくない?」

タイチのことだ、簡単に否定するとヒトミは思っていた。でも タイチは 階段の一段目に片足乗っけたまま少し考えて

「最初のころはむっちゃ寂しくて このままだれも帰ってこんかったら どうしようってばかり思ってた。」

「それは ・・・怖いね。」

ヒトミは うなずく。同居してたおばあちゃんが亡くなって、タイチはここに引っ越してきたと聞いている。タイチが階段を上がりながら話すのでヒトミも後ろを追いかける。

「あんまり静かで怖くなったから 家ん中でダダダーって走り回ってドドドッてソファに倒れこんで遊んだ。」

「・・・・」

「そしたら」

「そしたら?」

「オマエのカアチャンが来た」

「ママが?」

「うん。『ごめんね、今うちのヒトミ、熱出して寝てるのよ。もう少し、静かに遊んでくれないかな?』って言われた。」

「ええ~?そんなこと ママ言いに行ったのぉ? 知らなかった!ごめん!嫌だったよね、怒った? ・・・・えっと・・か、悲しかった?」

6階の自分の家の玄関ドアに手をかけてタイチは振り向いて言った。

「なんかナ、変かもしらんけど・・・・・・・その時 オレ ちょっとだけ 嬉しかってん。」「え?」

「うまく言えんけど、下に知ってる人がいて、熱出して寝てるとか そういうのん、解って・・ ほら、2階建ての家で ばあちゃんとんでた時ってそういうのって あって・・・。あ、ははは・・変かな? 変やな?」

タイチは 手でかみの毛をくしゃくしゃにしながら そう言って

「ほなな。」

後ろを向いたまま片手をあげ、さっさと家に入ってしまった。


らせん階段をカンカン鳴らして下りながら ヒトミはタイチの言葉を頭の中で繰り返してみる。

2階建てのおうち。タイチが上にいて 家の中の階段を時々トントン降りてくる。熱出して寝てる私を見て照れくさそうに声かける。

「オマエ 大丈夫かぁ? 変なものでも食べたんちゃう?」

その想像はかなり変だけど そういうのってちょっと いいかも

・・・・ヒトミは思う。 

ぺんぺん草 花束にして

オリジナル小説、随筆など。fc2「stand by me 」から引っ越しました。

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