驚いたり おもしろがったりして騒ぐ みんなの声 あわてて静かにさせる 先生の声
──よそ見してるのを先生に注意されたから タクがキレた
そういう声も 聞こえたけど違う そうじゃない、 シュウジは 思う。
授業中 タクがぼんやりと 雨あがりの校庭ばかり見てたのを、シュウジは その前から知っている。はじかれたように立ち上がって教室を飛び出したのは先生の言葉とは 全く関係ない。
そんな 気がする。
階段を降りくつ箱に急ぐ。下足場にタクの上靴がばらばらに脱ぎ捨てられていた。
タクの足は学年一速いから普通に追いかけたって追いつきっこない。
昨日、お母さんがタクのことを話してきた。
なんだか変な中学生と一緒にいたのよ。スニーカー踏んでだらしないシャツの着方して。眉毛なんかも こーんなに細くしちゃってて・・。
そんなことは とっくに知っている。タクはかまってくれる人が好きなんだ。タクは誰よりも寂しがりやでタクは誰よりも甘えん坊だ。
そんなことは とっくに解っている。
気になってたのはそんなことじゃない。
最近 教室でも外ばかり見ててゲームの話にも乗ってこないし プロレスのワザもかけてこない。
「アイツなかなか死ななくってさぁ。」
ゲームの悪役キャラの話をしていたら急に怒り出したことがあった。
「コロシテヤル~」
プロレスごっこで叫ぶ子の足を思いっきり蹴ってどっかへ行った。
嫌な 予感がした。どう切り出したらいいか解らなかった。
「そうそう ゴールっていったけあそこの犬。死んじゃったんだって。かわいそうにね、あの子ほんとに可愛がっていたのにね。」
お母さんはそんな大事なことを最後の最後に短く言った。
やっぱり・・
シュウジがタクを見つけたのは校庭の隅っこの「砂山」だ。
そこだけ小高くなっていてサッカーゴールがよく見える。1年生の頃トンネル掘ったり水を流して川にしたりしてよく遊んだ。そのすぐ下の茂みのあたりでタクは「ゴール」を拾ったのだった。
子犬を連れて帰ったタクがその日からどんなに急いで家に帰ったことか。
家のカギを首から提げていつまでもダラダラとしゃべってはシュウジを引き止めていたタク。
そんなタクが「ゴール 待ってるから。」その速い足で 走って帰る。
「ゴール、カギ開ける前から玄関で待ってて お帰り、お帰りって飛びつくんだよ。」
タクは 何度も何度もシュウジにその話をした。
「虹の橋って 知ってるか?」
「砂山」をそっと上って来たシュウジに背をむけたままタクは話し出した。
雨上がりの空。タクの見てる方角に大きく弧を描いた虹が見えた。こんな虹を見たのはシュウジも初めてだ。
「先に逝ったペットが待ってるんだって。天国の手前にある綺麗な野原でさ、そこで元気に走り回って遊んでて、大事にしてくれたパートナーを待ってるんだって。」
シュウジの返事を待たずに タクは続ける。
「オレ、この頃ずっとほったらかしてた。あっち行ってろバカ犬って人の前で言った。オレ全然大事になんかしてなかった。」
タクの投げた石がサッカーゴールの隅にコツンとあたって転がった。
「待ってるよ、ゴール。」
少しずつ薄くなっていく虹をまだ消えるなと心で念じながらシュウジはタクに言う。
「いつも待っててくれたんでしょ?」
タクは 転がった石の行方をじっと目で追っている。
「待ってるよ きっと。」
「絶対 タクちゃんのこと待ってるから。」
顔を上げて タクがやっとこちらを向いた。顔を見合わせると、不自然にカットしたタクの薄い眉毛に嫌でも目がいく。シュウジの視線に気がついてタクは眉毛に手をやった。
「今日のは失敗した。」
テレくさそうに眉毛を触るタクの表情は1年生の時と変わらない。
「そんなに 変か?」
「かなり 変。」
タクがツンと肩をこづいて来る。シュウジはそれをかわして「砂山」を駆け下りる。
「砂山」の上と下でいつまでもゴールの話をした。
虹がだんだん見えなくなって消えてしまってもまだゴールの話をした。
もうすぐ 梅雨が明け夏が来る。
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