1.てがみのはなし
大した数ではないけれど、いくつか手紙を貰ったことがある。
携帯電話とかメールがある今だったら、どうだろうと思うけど
手紙の時代だったからこそ貰えたのかもしれない。
来るのはいわゆる「ラブレター」というヤツではなく
もちろん付き合ってほしいとか、好きです、とかいうものでも全くなく
日記の写しなんだけど・・とか 文集に載った感想文についての「感想」とか そんなものばかりだった。
内面を誰かに知ってもらいたい こう見えても、案外繊細なんだぞ・・・みたいなアピールを 相手はしてくるのだが 受け止める度量もなく 心寄せる優しさも 実はそんなになかったりする。
こっちは全然、にんげん出来ていないのだ。
漢字の誤記(誤変換ではない)だけが やたらと記憶に残る。(なんてイヤなヤツだ)
「浪人」・・を一文字間違えたまま、書き続けたあのこ。
「オオカミ」には全然 ならなかったね。
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2.制服と靴下と靴
ローファーに憧れた。
中学時代は三つ折りソックスに白い運動靴が規則だった。
ラインの入ったソックスが流行り 学校ではそれを密かに折り曲げて履き
放課後はのばして ソックタッチで留めた。
スカートを少しだけ 長くして ジャージは裾を何回か折って 短くして履いた。
格好いい、と信じていた「外した方」も、今思えば たいがいだ。
高校は服装にかなり自由があった。
ひとつボタンを外しても ネクタイを緩めても 柄物のシャツを着ても 「違反」ではなかった。
たまにジーンズを穿いたり、基準服のスカートの上にチェックのシャツを着たけれど
いつも どんな靴下を履き、どんな靴を選んで学校に通ったのか、 実はよく覚えていない。
時々見る夢はいまだに 予習をしていないところが当たりそうで、
どうしよう どうしようと焦る授業中の自分で、その状態から抜け出すべく 私は頭を必死に整理する。
──「今の私」は学生ではないはずだ。 その後の自分の記憶を探り、様々な理由を並べ、そうして 夢の中で納得するのだ。
『・・・これ、夢だよね』
時にはランドセルを忘れ、また次は 寝巻き姿で鉄棒をし
そんな夢から醒めた時 思うのは 鏡さえ見なければ 内面全然進歩のない 自分のこと。
子どもの時 「大人」ってもっと「大人」だったのになぁ。
「困ること」「焦ること」の基本は自分にとって 相変わらず 学校での「忘れ物」なのかもしれない。
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3.かえる
机の上に かえる と おかき
かえるは みどりのフェルトで にこにこ顔の 手作りマスコットだ。
おかきは 小袋入りでみっつ。
何? と、聞く。
今日は 近くの団地から おばあさんを一人 ごくごく近くのお店まで 連れて行って 連れて帰って
団地の中へ コインで開ける鎖のゲートを抜け お住まいの棟の入り口まで。
車を降りてコインを入れたり 戻ったり 手間だけど その間 メーターも上がらず お店もごくごく 近場。
そんな仕事。
「運転手さん、この車には これ ついてないねぇ」
おばあさんは にこにこがえるのマスコットを かれに手渡し これも、とおかきを差し出したんだ。
同じ会社のタクシーに いくつも にこにこがえるは 揺れている。
小さな仕事だけど そんな仕事を積み重ね
にこにこがえるで 無事帰っておいで。
そんな はなし
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4.ねこ(風と草の記憶)
サワサワ ザワワ・・いうのは 何?
ぼんやり 明るくなって暗くなって 明るくなって暗くなって
ぼく うとうと 眠ってたんだよ。
そしたらいつのまにか 大きくて あったかくて優しい 場所がなくなっていた。
くちゅ くちゅ くちゅ 押し合い へし合い だんごになって飲んだ
あの おいしくって しあわせなもの そばに ない。
サワサワ ザワワ
音が 大きくなると ちょっと こわくて
おんなじ大きさの あったかいぬくもりを 探し合って ひっついて また 眠った。
寒くは ないけど ぷるぷる ふるえた。
ミィミィ チィチィ みんなで 呼んだ。
どこに いるの? オカアサン。
明るくなって 暗くなって 気がついたら そばに もう だれも いなかった。
サワサワ ザワワ 音だけがした。
あなた だれ? ザワザワ言わないで こわいから。
私は 風。 サワサワいうのは 草の葉さ。
大丈夫。風も 草も おまえさんを いじめない。 こわいのは もっと もっと 別のもの。
色んな ぬくもりが 通り過ぎた。 抱き上げられ ほおずりされ 下ろされた。
しっぽを つままれ 足をひっぱられ なでまわされた。
おなか すいた。 いいにおいのもの 誰かがくれたけど 飲み方が わからなかった。
チュウ チュウできる あのやさしいぬくもりなら おなかは いっぱいに 満たされるのに。
チクンとした。 キミは 誰?
オイラは 虫。 大きくなったら ネコは オイラを 追いかける。
気をつけな。 上から カラスがねらってる。
アンタがしっかり 育つまでは 鳥の方が だんぜん 強い。
気をつけな。 急降下してきたら オダブツさ。
ふわりと また 抱き上げられた。 そのまま 静かに なでられた。
オカアサンの ザラザラの舌の方が 気持ちいいけど なんだか 安心できる あたたかさがあった。
オマエの幸運 祈ってるぜ。 虫が言った。
幸せにおなりね。 草たちの コーラスが聞こえた。
風があたらない物の中 ゆっくり ゆっくり下ろされた。
ユラリ ユラリ カタ カタン ここは どこ?
ユラリ ユラリ カタ カタン ボク どこに 行くの?
風の音が 遠い。
***
「ただいま。」
「ねぇ、ママ ほら」
「何?何なの?カバンの中?」
声がして、また別の声がして やわらかい さっきの手が 明るいところに 連れ出した。
幸せにおなり、幸せにおなりよ。 風が ささやいた。
やわらかい手 安心になる この におい。
明るくなって 明るくなって 何でも見えるようになったら この手の上を ちゃんと 見上げて
いっぱい いっぱい 言おう。
ありがとう。 だいすき。
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5.はるいぬ
うめ
ちらり
散歩する犬 草をはむはむ幸せ。
いぬの しあわせ。
菜の花きいろ。いちごの花 白。
左の塀から 雪やなぎ。沈丁花 。 坂道降りる。
悲しい春も うれしい春も さみしい春も 花は咲く。
そして 桜 。
***
もともとは 犬が好きでした。
うちだけでなく、近所にも犬を飼っている家が多くて 何の遠慮もない子どもの頃は 全部の家の門や塀の近くまで行き 首や鼻先を出してくる犬を 好きなだけ触ってから 家に帰りました。
空き地が多かったし 今ほどマナーに厳しくなかった昔は 草地で思いっきり走って遊んで・・・・用を足し(犬がです。もちろん) 夕焼け空を並んで眺めたものでした。
水で薄めたおつゆかけごはん。おかずの残り。 はぐはぐ食べてた うちの犬は 栄養バランスきっちり考えた今のドッグフードを食べる犬たちに比べて 幸せだったのかな?
フィラリアでさよならになるまでの 4年ほどの付き合いだったけれど 雑種で何の芸もなく しつけも全くできてない犬だったけど
私には今でも最高の犬です。
最後の夜になったあの日 早く寝なさい、という母に対し 今日はずっと一緒にいるんだ、離れないんだ・・・と言えず 聞きわけ良く寝てしまったこと。 (普段は室内飼いではなかったのですが その時だけは 玄関の中に入れてもらい 毛布にくるまっていました)
そんな時くらい 我を通す子でありたかったな。 いつも思い出すたび 過去の自分のことながら とても残念に思います。
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6.夏祭り
3歳児の 不器用な手では 全然 すくえなかった ヨーヨー。
一個あげるよ、とおじさんに言われ じっくり選んだ 黒地にカラフルなラインと水玉のそのヨーヨーは
帰り道 娘が振り回すと あっけなく割れた。
その後の 気まずすぎる沈黙。
もう これで終わりだからね、と しぶしぶ渡した500円玉。
「落としちゃった」と がっかり顔で すぐ戻って来た 息子。
大当たりだったと 嬉しそうに担いで帰って来た 有名キャラクター似の 大きなビニール人形は
数日 放置された後 徐々に 空気が抜けていった。
暗闇では魅力いっぱいだった 蛍光腕輪に 星付きカチューシャ。
ボタンを押すと 音を出しながらキラキラ光る おもちゃ。
すぐに壊れた 水鉄砲。
食べきれなかった綿菓子。
朝まで生きなかった 金魚。
数え上げれば「残念」と「がっかり」の記憶だらけなのに
それでも どうして お祭りは 相変わらず 楽しみなんだろう。
お祭りに向かう 浴衣の人たち見ると なんとはなしに わくわくするのは なぜだろう。
今では 子どもたちはそれぞれ 友達と約束して出かけるようになった。
遠くで聞こえる太鼓の音を聞きながら 思い出をつまみに
ビールでも飲みましょうか。
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7.クリームソーダ(いい人生だったかどうかなんて)
Sくんが逝ったそうだ。
穏やかでやさしい名前、そのままのひとだった。
ばあちゃんがそんな名前付けたから こうなんだ
Sくんの姉である私の母は 時々愚痴った。
古い町の古い長屋。 傾いて 滑り落ちそうな二階の畳の間
遊びに行くといつも、Sくんはそこで 静かに笑っていた。
大勢の兄弟の、歳の離れた末っ子。
甘やかしすぎた、と 母は言う。
優しすぎた、と母は言う。
気の強い母は 弟を苛める悪ガキを 箒振り回して追い立てた。
優しかったSくん。
一度、映画に連れて行ってくれたことがあったっけね。
子ども向きの いい映画がなかったから 商店街そのまま歩いて、入った喫茶店
わくわくして頼んだ クリームソーダが運ばれてきた。
それは 知っている グリーンのソーダではなく 淡いバイオレットの飲み物だった。
なんだか変な味・・私が言ったら 他のもの注文したらいいよ。 そう言って メニュー差し出した。
目が線みたいになって 顔全体がしわくちゃになる笑顔 低い声で歌ううた。
意外にがっしりした身体つき。
しっかり者の奥さんと ひとの勧めで結婚し 子を望み けれど子に恵まれず
こころを病んで ひっそりと生きたSくん
治療に入った病院で怪我をし そのまま逝った。
そんな人生が何だったのかと そう言いたげに苦い顔をした、 言葉少ない気丈な姉、わたしの母。
誰の人生がどんな意味があるか どんな価値があるか そんなこと 誰が言えるだろう
せめて 長く過ごしたその病院で Sくんが 心安らかで日々過ごしていたことを 望まないではいられない
意識なくなるその日まで ああ、いい天気だなぁとか ご飯おいしかったなぁとか そんなことを考えて
暮らしていてくれたらと 思わないではいられない。
Sくん クリームソーダの代わりのミックスジュース 嬉しかったよ。
美味しかったよ。
忘れないよ。
ありがとう。
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