食事係の恋人 


Texpo、「猫、公園、バレンタインデー」「800字バトル」

短い中で「伝える」という練習にもなりましたが それもまた難しいものだったことを覚えています。

※翻訳などのお勉強と交流のサイトで この短編を使って英訳してくださった方を検索でたまたま見つけました。有難うございます。嬉しかったです。どなたなのでしょうか。それもずっと以前の話なのですが…。

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「今日は、いないね」

猫はピクリと耳を立てる。自分ならここにいますけど。

「ミャウ」

短く鳴いて、由佳の足に身体を摺り寄せた。

「食事係その一」

猫は由佳の事をそんな風に思っている。だけど膝に乗ると温かくていい匂いがして、撫ぜ方だって、案外悪くない。 


誰がいなくてガッカリしてるか、猫にだって解る。ひょろりと背の高い ピアスの男。

初めてここで会った時、

「おい、お前腹減ってんの?」

って言ってポケットから チョコを出した。


──そんな物 食わねぇよ。猫が睨んだ時、

「猫にチョコなんて食べさせちゃダメっ」

由佳が大声出して走って来た。

なのに男と向き合った途端、勢い失くして口篭る。


猫だって知っている。あれから由佳は、奴に会うのを楽しみに公園へやって来るんだ。

偶然みたいな顔してさ。本当はずっと前に来て、行ったり来たりしながら奴の事待っている。

食事はその間お預け。二人並んで猫撫でて、特に長く続く会話もない。


だけど気が付いた。二人の距離が少しずつ近づいて、安らかな空気が漂っている。

それでも由佳は奴が帰った後いつも、ため息ついて猫に言う。

「名前も聞けなかったね」

全く、人間って面倒。

 今日はバレンタインデーとか言うらしい。

商店街の散歩中、女の子達がやたら騒いでいた。カップルが浮かれていた。

「最初に会った時 持ってたでしょ、だからチョコ、嫌いじゃないと思ったんだけど」

いつもの公園に奴は来ない。長い間待っていた由佳が泣きそうな顔して猫に言う。

「でも嫌いかもしれないよね。ほら、誰かに貰ったけど持て余してたとか」

本当に人間って奴は面倒くさい。

「ミャウ」

付いて来い。猫は振り返り振り返り歩き出した。


 商店街のケーキ屋は チョコの香り。店の硝子ごしに見えるのは、休憩時間もなく立ち働く菓子職人の卵たち。その中のいちだんと背の高い 見覚えのあるシルエット。

手作りチョコの入った紙袋を 由佳は慌てて後ろに隠した。


──ひるむな、行けよ。大丈夫。

猫は 立ち尽くす由佳を見上げてもう一度力強く 

「ミャー」と 鳴いた。

ぺんぺん草 花束にして

オリジナル小説、随筆など。fc2「stand by me 」から引っ越しました。

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