卒業シーズンですね。バレンタインのお話を書きそびれていたので、そこから始めてみました。
学校の机の上、可愛いラッピングの友チョコが並ぶ。ヒカリが持ってきたのは、昨日作った甘さ控えめチョコケーキ。チョコはビターがお気に入り。─ アタシは 結構お菓子作り、上手・・だと思うんだヒカリは 鼻歌歌いながら、袋のリボンをキュっとかけなおす。 ☆「ピカ、一個 味見してやる。」クレーンみたいに大きな手がヒカリの肩の上から にゅーっと伸びた。しゅるっと ケーキの包みが一つ 吊り上げられる。ガシッ、ヒカリは 正面向いたまま、すばやい動きで、リョウタのその腕を 捕まえる。どうせそんなことをするのはリョウタにきまってる。リョウタの動きなら背中向けてたって お見通し。 「リョウタの分なんか ないもんねー。 それは アタシからシホちゃんへなんだから。 ほら、ほら、返しなさいっ!」「いいじゃん 一個くらい オレにもないの?」「交換しかしないのっ。それも手作りね。 欲しかったら、美味しい手作りチョコとか、持っといで。」「義理チョコとかさ、感謝の気持ちとかさ・・ 恥ずかしいんなら、そーいうのでも 良かったんだけどなぁ・・」「ばーか、たーこ、リョウタに義理なんか無いもんね。 あ、感謝してほしいことなら いっぱいあるけどさ、 えっと、あれは 何歳の時だったかしらねぇ・・」自分の方に向けて差し出されたリョウタの指先をつかんでヒカリはニヤリと笑う。「あー、ピカお前また、古い話をぉぉぉ・・」「ふっふっふ、アタシにたて突くなんて 一億万年早いんだ。」「くっさー、そのセリフはクサすぎるぜ、ピカ!!」「いいよ、一個だけなら譲る。 ヒカリの愛がこもった手作りケーキだよ。」いつもクールなシホが一切れ袋から出して リョウタに渡す。「さっすが、人間できてる、シホノスケ♪ 愛は足りてるから、純粋にケーキだけ頂きってことで・・。」リョウタはシホのことを、いつもお侍さんみたいな名前にして呼ぶ。みんなのアホな意見を、その明晰な頭でバッサバッサ 斬るからなんだって。「うへ~、食うんじゃなかった・・オレには苦すぎる。」無理やり奪っといて、自慢の味に文句言うようなやつにはヒカリ渾身のアッパーカット!☆ ☆ ☆ ☆リョウタのことだったら何だって知ってる。なんせ幼稚園前からの付き合いだ。チビで、泣き虫のくせに 目立つことも好きで甘いものが好きで、野菜が嫌い。初恋はゆり組のリョウコ先生で 先生が結婚するって聞いた時一日押入れの中で拗ねていた。高学年になっても歯医者が怖くて 予約のある日は必ずアタシのうちで隠れてた。いつも最後は アタシが付いて歯医者に行った。口を開けないって頑張って、歯医者の先生 困ってた。アタシが笑わせて やっと口開けたんだ。それから・・それから・・リョウタのことだったら何だって知ってる・・。☆ ☆ ☆中学に入ってから リョウタは急に背が伸びた。女の子たちが リョウタのこと、かっこいいって言い出した。ヒカリには 今いち ピンとこない。「悪さするたび、家の外に放り出されて 『開けて~!もうしません!ママ、ごめんなさい~!!』 って よく泣いてたよ。」鼻水でぐしょぐしょの情けない顔を思い出しながら言っても、「きゃー、何か そういうリョウタ君って、可愛い~。」・・・どうも 調子狂う・・ヒカリは思う。どこが可愛いんだか・・のエピソードを ヒカリはしこたま握っているのだ。そんな 爆弾を警戒しているのか、中学になっても、クラスが違っても リョウタはヒカリの周りをチョロチョロする。毎年いつの間にか ヒカリの友達とリョウタ、リョウタの友達・・男女ミックスのグループのようなもの、が なんとなく出来ていた。☆ ☆ ☆ ☆「お前、またコクられたんだって~?」リョウタと友達とヒカリとシホ、委員会活動の時だった。「え、2年のコと付き合ってたんじゃなかったの?」「とっくに 別れてるし。」「何でよ、リョウタが、その子のこと可愛い可愛いって言うから 向こうがその気になったんでなかったの?」「顔が可愛いと思っただけだもん。」「性格、悪かったとか・・?」「でも、リョウタって 誰と付き合っても 長く続いてないんでしょ?」シホが 赤ペンをクルっと回して指摘した。「えー、でも 決まった女の子とずっと二人でいても 何かつまんねぇ、って事ない?・・。」リョウタがとぼけた事言う。男子モテない組の視線が リョウタをつんつん突き刺した。そんな恋愛話もたまにするけど、たいていが他愛ないじゃれあいや 漫才みたいな会話。笑って、笑って手が震えて、作業にならない。こんなメンバーで 今作ってるのが「卒業文集」なのが ヒカリは少し寂しい。そのまま男子だけで盛り上がらせておいてシホはきちんと仕事をこなしていってる。「文集、ここだけやったら 帰るから。」途中で投げ出さないシホに付き合って、ヒカリは教室に残ることにした。「リョウタが『彼女』と長続きしない理由ってさ、 何だか解かってる?」二人だけになった会議室、作業の手を止めないで シホがヒカリに言う。「周りにいるアタシ達と仲良すぎる・・とか言ったらしいね 前に付き合ってたコ。」「”アタシ達”じゃなくってさ、ヒカリのことだよ。」「えー、何で、アタシ限定なわけ・・?」「考えてもみてよ、付き合ってる彼氏に 女の「相方」なんていてさ、 気にならない方が おかしくない?」小学生の時、お楽しみ会で「リョウタ&ヒカリ」で漫才をしたことがある。時々ふざけて みんなはヒカリのことをリョウタの「相方」と呼んでいた。「片思いだったリョウタにやっと近づけたと思ってもさ、 アンタとリョウタの掛け合い 見てたら、そりゃ、自信なくすわよ。」「何でよぉ・・色気もない口げんかとか罵りあいだよ、 何で、誰が、自信なくすのよ・・」シホは 鉛筆をクルっと回して 先がヒカリの方を向いたときピタっと止めると「その上アンタ、彼女になった子に、わざわざ、 リョウタの昔話してやったり するんでしょ?」そう言って、顔を上げて ヒカリを見た。「だ、だって 『彼女』なら 何でも知りたいんじゃないかと思って・・アイツのこと・・。」シホは ヒカリの顔から 窓の外に視線を移すと ぽそっと言った。「私だって できるものなら その頃から一緒にいて、 もっとたくさん あなたのこと知っていたかった・・」「え?」ヒカリが 聞き返すと「なーんてね、『彼女』たちだって思うわけよ。」「そんなもんかなぁ」「そんなもん・・だよ。」校庭のサッカー部にも 野球部にも 3年生は もういない。ついたての向こう側の 印刷室のコピー機が保護者向けの「卒業式のお知らせ」のプリントを淡々と 刷りだしていた。シホは 丸めたノートでヒカリの頭をポコンと叩くと「アンタのその天然さが、何だかね・・。 いっそ、自覚があった方が 責めようがあるのに。」「思い出の量に嫉妬するなんて 無駄なことなんだけどさ。」手、洗ってくる・・シホは会議室を出て行った。 ☆有名な進学校を引越しを理由に辞め、途中で転校してきたシホ。頭の切れは抜群で、何事にもソツのないシホ。はじめにヒカリの隣の席に座った時 「シホちゃんっていうんだねぇ。 よろしく、アタシはヒカリ、ピカでいいよ。」ヒカリが言ったら、シホは一瞬だけど凄くうろたえて顔が赤くなった。「ちゃん付けで呼ばれることなんて 今までなかったから・・」─ 親の選んだまま行ったあの学校には そういうフレンドリーな雰囲気ってなかったわ。シホは 元のクールな横顔を見せて言った。シホが受験した高校はこの学校からは初めての優秀な進学先だ。もちろんヒカリには手が届かない。─ 語学がやりたいの。今度こそ自分の意思で決めたから。さっぱりした顔をしてシホはヒカリに合格の報告をした。アタシのやりたいことって何だろう・・ヒカリはずっと考えている。進路なんて、地元の普通科の高校に行くことしか考えてなかった。 「ねぇ、リョウタたちは一緒の高校行くんだよね。」シホと自分の進路のことを考えながら、黒板に落書きしてる リョウタの背中を見ていた。リョウタとリョウタの友達数人は私立の男子校に行く。─初めて リョウタもいないところに行くんだな・・・急に寂しさと不安がこみ上げてきた。自分だけが ずいぶん頼りなく感じる。「あれ~ピカも一緒が良かったかぁ。 ま、頭のレベルは同じ様なものだから、それも良かったな。 解った、今からでも遅くない、オトコになれ。 ピカ、オレが手伝ってやる。」どうやって性転換するのかで勝手に盛り上がってるヤツらの声を聞きながらヒカリは 寂しい気持ちに二重消し線を入れた。 ☆「ノリが悪くなった。」卒業式の練習中 シホがヒカリにぼそっと言う。「え?」「聞いてて全然、面白くない。」「だから 何が?」「ピカとリョウタの夫婦漫才。」シホの言うのが この頃のリョウタとの会話の事なのは解る。シホの言ったことが気になって ずっとギクシャクしているのはヒカリ自身も解っていた。「羨ましいっていう私の気持ち 本当だったけど 気を使って欲しいなんて、そんなつもりじゃなかったんだ。」先生の指示に機械的に立ったり座ったりしながらそんなヒカリの気持ちを読むように、シホは言った。四角い体育館の窓ガラス越しに見る空には飛行機雲が まっすぐに伸びていた。「練習の卒業式」が もう終わる。「ねぇ・・ひとつ聞いてもいい?」体育館シューズから上履きに履き替えながらヒカリはシホを追いかけた。「嫌なことなら 答えないよ。」シホらしい返事に ヒカリも ふっと肩の力が抜けた。ちょうど、周りに人がいなくなったのを確認して、ヒカリは切り出した。「あれってさ・・ええと・・ シホちゃんも リョウタのこと、す、す、好・・」シホは ぷぷっと噴出す。ヒカリの考えはいつもどこか ズレているらしい。「アタシが思い出を共有できなくて 嫉妬してるとしてもね・・・」少し考えて言葉をさがす様子をした後、シホは制服のプリーツをふわっとさせて、クルっと回って、最後に ヒカリの正面でぴたっと止まって言った。「それは 誰かを独り占めしたいからなんかじゃないよ。」 ☆ ☆ ☆ ☆シホちゃんのこと、どれくらい言えるか アタシは考えた。言わないでいたことを、思い切って言おうとするとき何かクルっと回すクセ。ニックネームで呼ばれると、一瞬うろたえること。身体に気軽に触れるのをためらうしぐさ。先生の解答の間違い 済まなそうに指摘したこと。そのあと先生に頼られちゃったこと。ボソッと言うツッコミが いつも結構みんなにウケたこと。ウケた時の ちょっと照れた顔。あきれながらも根気よく、アタシやリョウタに勉強教えてくれたこと。それから・・それから・・1年足らずだけど、思い出だっていっぱいある、 ☆ ☆ ☆ ☆「本物の卒業式」が終わった。ヒカリは 式が始まった時からべそべそ泣きっぱなしだったけどシホは 背中をいつもよりももっと スッと伸ばしあごをクイッと上に向けていた。「これでオレとお別れだなんて思うなよー。」ヒカリとシホが 一緒に校庭に出たらリョウタが後ろから声をかけて来た。女の子たちにあげたのか 制服のボタンが第二といわず、綺麗に無くなっている。─ コイツ 見栄で余分に引きちぎったんじゃないか?ヒカリがボタンのあった辺りを あきれ顔で見ていると「モテんのもいいけどさ・・ やっぱ、オマエらといる時が一番面白かったな。」シホが少しずつ 二人に距離を作るように歩いているのを横目で見ながらリョウタは少し大きい声で言った。「ああ、そうそうシホザエモンが折角譲ってくれたが、 あの チョコケーキは苦すぎた。」「何よ、今頃。まだ文句あんの?」ヒカリが少しムッとした顔で言う。「もうちょっと甘い方が 絶対においしいな。うん。」「かなりの甘党だとは聞いてたわね、確か。」シホが言う。「でな、それで考えたんだけど オレ、チョコ職人になるわ。何だっけ シ、ショコラピ・・」「ショコラティエ?」「そうそう、さすが シホノシン。」「ハァァ? どう考えたんだか。アンタの発想ぶっ飛びすぎ。」ヒカリの突っ込みにも リョウタは動じない。それどころか これこそ天職だ とか、言い出した。「だからな、最初に作ったチョコは ピカ、お前に味見させてやる。 で、オレは海外に修行に行く。 その前に、シホノスケにはオレに語学を教えさせてやるからな、 しっかり勉強しとくように。」開いた口がふさがらない・・というのはこういうのだ、とヒカリは思う。「んで、めでたく美人外国人の彼女もできる♪」リョウタの頬がだらしなく緩む。「何 勝手なことばっかり言ってんの。」ヒカリが リョウタを卒業証書の筒でパコンとたたくとシホも笑って、先を続けた。「3年間 むさっくるしい男子校にこもって、よく考えなさい。 世界平和のためだ。」「その前にコイツ、この校庭に埋めたい。タイムカプセルの変わりに。」「残念、どこに行っても モテる男はモテるんじゃ。 オマエらこそ、彼氏の一人くらい作って見せてみろ。」「ふふーん、その時になって、惜しいことをしたって気づいても 遅いからねっ。」シホがガシっと、ヒカリの肩を組んで言った。シホのさらさらの髪が3月の風でヒカリの頬に揺れた。☆ ☆ ☆ ☆シホちゃんと一緒に リョウタを追いかけて、校庭を走り回る。空気は すっかり春の匂い。「シホちゃん、アタシ、思うんだけど・・」「何?」息が上がってハアハア言いながらアタシはこれだけ やっと言った。「シホちゃんとの思い出 アタシ言えるよ。 シホちゃんが 恥ずかしいからやめてくれって言うくらい 並べられるよ。」「何、それ?」初めて「ちゃん付け」で呼んだ時みたいに、シホちゃんは顔をさりげなく向こうに向けた。そういう時にシホちゃんの顔が 赤くなることもアタシはちゃんと知っている。 アタシたちはこれから新しい思い出を作るんだ。シホちゃんとの思い出もこれからまた 増やすんだ何もかも終わりなんかじゃない。アタシたち これからが はじまりだ。
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