(キミたちが、会えなかった もう一人のお姉ちゃんの 生まれた時の話をさせてね。)
「ウン、生まれたよぉ、元気、元気。 凄く楽だったよ。 ツルンて感じ。 ちょっと小さかったからかなぁ・・ いいよ、いつでも会いに来てね。」
夜中に二人目の赤ちゃんを産んだ。
その朝、お母さんは浮かれていた。一人目のときは、長びく陣痛と酷い出血があったけど、今回は、朝の自分の元気さに時間も体力も持て余していた。
産んですぐは、母子別室なので面会時間に ガラス越しに見に行くだけでいい。公衆電話の周りをウロウロし、友達に 出産の報告の電話を かけまくった。
何にも考えてなかったよ。ほら、お母さんは大事なときには、カンがちっとも働かない。
面会用の小部屋で、看護婦さんに名前を言って待つ。赤ちゃんが連れてこられる・・はずだった。
待ち時間が長い。とても長い。
不安が初めて、心の隅から広がりだした。 別室のガラス越し、保育器の中で赤ちゃんは小さな指をピクピク動かしていた。唇の動いている様子も、遠いガラス越しでもちゃんと判る。
そして、思ってもみなかったことを お医者さんは言ったんだ。
赤ちゃんはいずれ 手術しなくてはなりません。 おっぱいを飲む力がつくまで一日一回練習に来てください。あとは哺乳瓶使います。母乳が出たら搾乳して持って来て下さいね。お母さんは予定通り退院できますよ。
何が一番悲しかったかって?そうね、気が付かなかった事だな。
五体満足でさえあればとか、健康でさえあれば、とすら思ってなかった。当たり前のように思ってたんだ。そして、産婦人科の病棟が、生まれる喜びだけで 満ちているものだと思ってたんだ。
おなかの中でそんなに頑張ってることなんて全く知らないで、生まれてからもあんなハコの中で唇動かして、おっぱい待ってるなんて思いもしないでいた。
自分が情けなくって、赤ちゃんに申し訳なくってお母さんはぼろぼろ泣いた。母子同室になったら使うはずだったおしり拭きの綿花をカットしながら、ぼろぼろ泣いた。
そのあと、どうしたのって?
そのあとね、お母さん、ひとつだけ決めたんだ。いいおっぱい、いっぱい作る。こんなにいらないよって言われるくらいいっぱい搾って持って行く。だってそれしかしてあげられない。だからクヨクヨしてておっぱいが涸れちゃわないようにするってね。
お母さん、面白いよ、だってそれからはね、肩で風切ってノシノシ歩いたんだよ。
怖い顔?それはしてないよ。だって赤ちゃんびっくりするもの。
あのときがあったから今キミたちとこうしている。だからキミたちを抱きしめる。思い出と一緒に抱きしめる。
今でも ときどき、思い出す。ノシノシ歩いてた若い自分。
少しずつ話すから・・また、聞いてね。
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