「おい、キツネ。」
タカシがそのあだ名でマリエを呼んだ瞬間、女子の目が一斉にタカシに向けられた。
ナツミが慌てて駆け寄ってきて マリエの前から回り込み
「マリちゃん、理科室行こ。」
と、トレーナの袖を引っ張った。
数人の女子がタカシを囲んで何か言っている2学期まで マリエの苗字は「ツネキ」だった。
─ お父さんの姓だ。
「せめて 3学期まで、ううん、マリちゃんがそうしたかったら、 学校ではそのままの名前でもいいのよ。」
お母さんは言ったけど
「いいよ。お母さんと同じ苗字がいい。」
マリエはきっぱりと言った。
3学期の準備で引き出しを開けると、ノートに 教科書に「ツネキ マリエ」の文字が黒々と書かれている。自分で書けるのに、ちょっぴり甘えて、お母さんに書いてもらった字。
━お母さんって、濃くて大きい字、書くのよね。困ったもんだわ。
声に出して言いながら マリエは修正液か上から貼れるテープを探した。 ..... が、見当たらない。「いいや、これで。」
姓の所だけ 黒マジックで ガリガリと上から書き込んだ。
ちょっと汚いなぁ・・と思ったが、 こんな事、大した事じゃない、
マリエは心の中で繰り返した
聞かれたときの答え方まで 考えて行ったのに、3学期、新しい名札を見ても、誰も何も聞かなかった。
出席を取るときも、先生が なるべくさりげない様子で 新しい苗字を呼び
「Mか・・いい苗字だぞ・・」
と変なコメントをして 一人で頷いていた。
さっきの女子の慌てようといい、「ツネちゃん」と呼んでいた子まで皆揃って「マリちゃん」と呼ぶことといい・・・
きっと、ナツミが しきって、決めたんだろう。
ナツミの気遣いは ありがたかったけど、「ツネちゃん」と呼びかけて口ごもる友達を見ると もっとフツウでよかったのになぁ・・とマリエは思う。
そして、こういうことって、フツウじゃ、ないのかなぁ・・・とも思う
高学年は女子の方が体格がいい。
小柄で口の悪いタカシはいつも女子に追い回されたり 押さえつけられたりしている。
もちろん逃げるのは得意だ。
「何度でもいってやらぁ。 キツネ、キツネ、キーツネ、キツネ。苗字なんか関係ねぇぞ。この頃ず~っと こーんな顔してっから、お前はキツネなんだマリエの顔はこんな顔~!!。」
女子の間をすり抜けて、マリエを追い越したかと思ったら、タカシは振り返りざま、そう叫んだ。
自分の顔の 両の目じりを手で上に押し上げて、顔を真っ赤にして作った、タカシのキツネ顔。
心配そうな顔で皆が見守る中、マリエは そんなタカシの顔を見てたら 笑えてきた。
笑って、笑って・・・笑っているうちに、 体から重いものが抜けていく。
可笑しくて、可笑しくて ・・・・・・・ちょっとだけ涙が出た。
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