四つ葉のクローバー

第五十八回 てきすとぽい杯〈夏の特別編・前編〉参加作品です。実は十年以上前の作品です。 

 物語を創り始めて間もない頃のまだまだ拙いものですが お題の「涙」と聞いてこれを手直しして出したいと思った次第です。 


 第五八回 てきすとぽい杯〈夏の特別編・後編〉では住谷ねこさんがこの話の後編の「十年後」を書いてくれました。私は彼女たちのその後なんて考えても無かったのですが 「その後」を書いてもらったことで彼女たちの存在感・生命が膨らんだ気がします。有難うございます。 そして「てきすとぽい」様、素敵な企画を有難うございます。







「いっぺん 泣いて」


教室の隅にわざわざ呼ぶから何かと思ったら 手を合わせて智樹は言った。


小学校六年間、組がえでほとんどの子が一度は同じクラスになる。


紗季と智樹は 結構縁があるのか何回も同じクラスになっている。


「泣き顔見たことない女子って、お前だけなんだよなぁ」




 女の子に限らず 六年の間にみんなよく泣いた。


転んで泣く、出来なくて泣く 失敗して泣く。イジワル言われて泣く、けんかして泣く、しかられて泣く。


感動して泣くってのもあったかな。


この間の球技大会では 決勝戦で競り合った末負けた。悔しがって クラスのほとんどが泣いた。


紗季だって負けが決まった瞬間、胸がキュッってなって目頭が熱くなった。一番最初に泣きそうになったのは自分だ、と紗季は思う。でも気がついたら みんなわあわあ泣いていて、もらい泣きっぽい子もいて、なんだか涙がこぼれる前に退いた。


泣きたい気持ちは 紗季だってある。でも涙はちょっと我慢する。それだけのことだ。




 ふうぅ……紗季は朝からため息ばかりだ。今日は体重測定がある。


「成長期の子どもがダイエットなんか 絶対しちゃだめだからねっ」


お母さんはわざと、ご飯を山のように盛った。


「身長の伸びる時期と体重の増える時期が 順に来るのよ」


保健の先生みたいなことまで言う。


今日は重い体に加えて、足におもりが付いてるみたいだ。


雨上がりの校庭。水たまりがところどころに光っている。ぬかるみを避けてのろのろ歩く。


上靴に履き替えて 何となくポケットに手を入れると、小さな紙片が触れた。チカちゃんがくれた「お守り」だ。四葉のクローバーを押し葉にして 仲良しのチカちゃんが作ってくれた「しおり」。普通のよく見るクローバーよりちょっと小さめの葉っぱ。


──細くって小さくって可愛いチカちゃんがくれた 小さくって可愛い四葉のクローバーのしおり。


お守りを眺めながら、紗季はやっぱりため息が出る。




「なーんだ、コレ」


紗季の手からしおりがするりと逃げ出した。後ろから走ってきた智樹のしわざだ。


「返してよ」


「いやーだねー。取れるもんなら取ってみな」


わざとしおりをひらひらさせて、アッカンベーした顔で振り向いたりして 智樹は逃げていく。




 男子のほとんどが まだ紗季より小さい。ちょっとふざけてするくらいの喧嘩ならまだまだ紗季たち女子が強い。


智樹は紗季をからかいながら みんなが上靴に履き替えている中をチョロチョロ縫って逃げる。


くやしい。すばしっこくて追いつけない。


玄関から泥んこの校庭に飛び出そうとした智樹を 紗季は全速力で追いかけた。


「返してよ」


上靴で外に出たくない。玄関ギリギリで智樹の腕を思いっきり引っ張った。振り払おうとして智樹は腕を振り回す。智樹が急にバランスを崩してよろけ、しおりがひらひら泥んこの玄関先に舞い降りた。


ペタンとしゃがみこんで、紗季が落ちたしおりを呆然と見ていると


「重てー。お前 また体重増えただろ」


智樹が言った。紗季の肘がほんの少しだけ、床に突っ伏した智樹の背中に乗っていた。


何か言い返そうとした。泥んこになったしおりのこと、思い切り文句言ってやりたかった。


なのに喉がくうっと苦しくなって言葉が出ない。立ち上がり智樹に背をむけたまま 黙ってしおりを拾った。


泥んこになったしおりが 急にゆらゆらくもって見えた。ぽたん ぽたん……しおりを持つ手に涙が落ちた。




 どんなに大声で泣いたのか もう恥ずかしいから思い出さない。智樹の顔を見るのも嫌だ。


あの日智樹が 誰に責められ誰にしかられたかなんてそんなの知らない。


「ちゃんと はじめっから説明して」


先生は言ったけど 紗季は黙って泥んこのしおりだけ見せた。


**


 智樹が近づいてきたから 紗季はわざとチカちゃんとおしゃべりに夢中のフリをした。


チカちゃんはあれから智樹のこと、むちゃくちゃ怒っている。


「何よっ」


キッとにらんだチカちゃんの方を見ないふりして智樹は何かを差し出した。


「これ やる」


白い紙にセロテープでベタっと貼り付けたやたら大きな四葉のクローバー。紗季の机の上にドン、と置くと智樹はすぐに走って離れて行った。


「何よこれ、お詫びのつもり?」


チカちゃんは見た目はふんわり可愛いけど気は強い。


「私たち二人の大事なお守りだったんだからねっ。特別可愛いの探して押し葉にしてリボンつけて……こんなの全然違うんだからっ」


智樹が遠くから言い返す。


「うるさい ばーか。川原でいっちばんでっかい四葉だぞ。一番でっかいのがいっちばんいいに決まってら」




この一週間 智樹が川原にしゃがみっぱなしで何か探していたことを 紗季だってちゃあんと知っている。


もう許してやろうかな……「でっかい四葉のクローバー」を、眺めながら紗季はちょっとだけ思うんだ。


            了






 第五十八回 てきすとぽい杯〈夏の特別編・前編〉参加作品です。十年以上前の作品ですがお題の「涙」と聞いてこれを手直しして出したいと思った次第です。第五八回 てきすとぽい杯〈夏の特別編・後編〉では住谷ねこさんがこの話の「後編」を書いてくれました。私は彼女たちのその後なんて考えても無かったのですが 「その後」を書いてもらったことで彼女たちの存在感・生命が膨らんだ気がします。有難うございます。






ぺんぺん草 花束にして

オリジナル小説、随筆など。fc2「stand by me 」から引っ越しました。

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