デザートに無花果添えて

TEXPOバトル参加作品 お題「美味しそうな朝食の風景を描く」





食パンを一枚、トースターに入れる。パンが焼けるのを待つ間、冷蔵庫を覗く。

ついでに寝ぼけ頭を冷気で覚ます。野菜室には胡瓜。


冷蔵室にはハム。胡瓜を出して縦に薄く切る。

胡瓜はちょっと、萎びかけている。早く使い切らなきゃね。

ハムを一枚、後はラップして仕舞う。これも気付くといつも、賞味期限近い。

玉子を一個、油を引いたフライパンの上ぱかんと割って目玉焼きを作る。

マグカップに入れたインスタントコーヒーを立ったままちょっと啜る。


足元に置いたダンボールが目に入る。

送り状の差出人の欄には実家の住所。さっき届いた宅配便だ。


今頃、父は納豆をこねている。神妙な顔をして100回以上必ず煉る。

味噌汁、焼き魚、玉子焼き。母は昨日の残り物も温め直す。

─どうも作りすぎちゃって困るわね。

あたしが家を出て何年経っても、ばあちゃんが一昨年、じいちゃんが去年、いなくなっても 

やっぱり母は同じ分量で作ってしまうのだ。

弟は昨日コンビニで買ってきた菓子パンをもそもそ食べているかもしれない。


お裾分けを期待して犬のブンタは弟の足元でそわそわしているだろうか。


ちゃんと朝ご飯食べなきゃだめよ。

納豆食え。納豆。ほら、玉子焼き。

どう?お漬け物。

弟はきっとTVから目を離さず、それでもちゃんと漬物だけは食べるのだ。

ばあちゃんのぬか床はまだ生きている。


パンにマーガリンを塗り、胡瓜とハムを載せ、マヨネーズでくるくる模様を描く。

半熟の目玉焼きがお皿の上でぷるんと揺れる。


父はソース、母は醤油。目玉焼きに掛ける物にも、こだわりがあった。

あたしは塩をひとつまみ。


大家さんちの庭先、むくげの白い花の向こう側から「キズナ」の吠える声がする。

生垣の低いところを乗り越え、いつも一直線に駈けてくる、真っ直ぐな明るい目。


─キズナがさ、あんたに会いたいって言って聞かないんだよね。

遠回りになって敵わないや、ホント。

犬に引きずられるようにやって来る彼は またそう言ってくしゃりと笑うだろう。


今日はちゃんと、飼い主の「彼」にも名前を聞こう。


陽ざしの中、きらきら光るキズナの黄金色の毛を思う。

心を温めてくれる生き物の、柔らかな手触りが大好きだ。


買っておいたジャーキーを出しておく。ブンタの好物だ。


実家の庭先で、いつもうとうと眠ってた年寄犬のことを考える。

キズナもこの味、好きだといいな。


ダンボールから移して冷蔵庫に入れた無花果、幾つか出しておこう。

毎年母が送ってくる無花果は、じいちゃんが育てた。

ばあちゃんが毎年楽しみにしていた。


キズナの飼い主さん、彼は無花果、好きだろうか?


手に持った無花果の心地よい重さを確かめながら 懐かしい香りをくんと嗅ぐ。


そうだ、今度は余った胡瓜を漬物にしよう、と思う。


ぺんぺん草 花束にして

オリジナル小説、随筆など。fc2「stand by me 」から引っ越しました。

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