となりの森の・・(みんな みんな いいこ 8)






森からね、見たことないようなやつが飛び出して来て、走って行った。

だから、追いかけた。嘘じゃない、本当だもん。森にいたの、見たんだよ。


ゆりちゃんの靴を抱いて、リクくんは必死で言い張ったんだ。

「森」っていうのは 幼稚園の脇にある。どんぐり拾いに行く所だ。

いつも薄暗くて、誰かとしっかり手を繋いでいないと、迷子になってしまいそうな気がする。

高い木の梢を見上げれば逆に、くるくる深い穴に落ちていくような不思議な気持ちになる。

だからいつも森に行くときは皆、わざとはしゃいだりおどけたりした。



リクくんはその日初めて一人、そこに行った。ゆりちゃんの赤い運動靴を持っていた。

頬が熱い。心臓がドウシヨウドウシヨウと鳴っていた。

お帰りの時間はとっくに過ぎているのに、ゆりちゃんはたっちゃん先生とおしゃべりに夢中で、いつまでも出てこない。

靴箱にぽつんと残されたゆりちゃんの靴を、ちょっと持ち出してみただけだ。

すぐに「はい、どうぞ」って 出してあげるつもりだったんだ。

なのに、ゆりちゃんが、「靴がない」って泣き出した。

先生も他のお母さんも集まってきた。こういう時ってさ、すぐに出て行けなくなっちゃっうんだよね。

少しして、とぼとぼ戻ってきたリクくんにマサエ先生が気づいた。手にしたゆりちゃんの靴を、皆が見た。

─見たことない生き物って何よ

リクくんママは目を吊り上げた。

─見つかったし、もういいじゃない。ふざけただけよね、リクちゃん

ゆりちゃんのお母さんはいつも優しい。それでも ちょっといつもより、声が尖っていた。

─謝りなさい、ゆりちゃんの靴隠して 嘘なんかついてごまかして。ちゃんと ごめんなさいって言いなさい。

─だって、見たんだ、だって、いたんだ。

リクくんも 声振り絞って繰り返す。のどがひくひく震えて上手く喋れない。

園庭に残っているのはもうリクくん達だけだ。

ゆりちゃんの靴探し手伝ってたお母さん達も 愛想笑いして帰っていった。


ゆりちゃんはもうすっかり泣き止んで、困った顔で俯いている。ゆりちゃんのお母さんも 

─もういいわよね、ゆり

と言い

─またゆっくり先生とお話しようね、お母さま方も、今日のところは・・・・

マサエ先生も、リクくんとゆりちゃんの頭をなでた。

─お友達のもの隠して、嘘ついて・・・

リクくんのママだけはまだ、笑わない。

リクくんから靴を受け取って、履き替えていたゆりちゃんが、急に、あれれ、と大きな声を出した。

─あれぇ、リクちゃん、ゆりの靴、何か入ってるよ。何だろう。

拾った覚えも入れた覚えもないのに ゆりちゃんの靴から大きなつやつやのどんぐりが二つ ころんと飛び出した。


「いたんだよね、こぉんなやつ」

ゆりちゃんが両手を広げて、大きな生き物の形を作った。

「こんなのと、こんなのも」

中くらいのと 小さい形も作って見せた。

二人で何度も繰り返し観たアニメに出てくる、大好きな「奇妙な生き物」だ。

どんぐり運ぶ、不思議な生き物だ。


「いたんだ、本当にいたんだ」

アニメの主人公みたいにはしゃいでさ、ゆりちゃんは踊るように跳ねると リクくんの手を引っ張ってぐるぐる回り出した。

「いたんだね。ほんとにほんとに いたんだね」

ゆりちゃんは嬉しくて仕方ないって顔で笑う。最初戸惑っていたリクくんもつられて、やっと笑った。

「お母さん、帰ってリクちゃんといつものビデオ観る!」

ゆりちゃんがリクくんの手をしっかり握ったまま そう言った。

ゆりちゃんのポケットには、いつもお気に入りのどんぐりが、入っていたのかもしれない、

リクくんがそう思ったのは、それからずっとずっと後のことだ。

それでもさ、その時のことを思い出すとリクくんはいつも、森の方からあの「奇妙な生き物たち」が、目を ぱちくりさせながらこちらを伺っている様子が、目に浮かぶんだ。


ぺんぺん草 花束にして

オリジナル小説、随筆など。fc2「stand by me 」から引っ越しました。

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