妖精のいる街で

「妖精」をテーマに何か童話を・・という企画にのって、少し前に書いたものです。枚数、文字数合わせるのに苦労した記憶が・・

「ママね、小さい頃この街で妖精に会ったことがあるのよ。」お引越し先に向かう車の中で、ママは七海に言ったんだ。 「ここならおばあちゃんちも近いし・・ そこ、ママの通う病院。 赤ちゃん産むのもここよ。」ママの指さす先に、白い建物が見えた。─みんな、どうしてるかなぁ・・・2年生までずっと仲良しだった友達のことを七海は考えていた。ママのウキウキした様子には、ちょっぴり腹がたつ。おばあちゃんちのとなり町。ママは子どもの頃迷子になって、小さな妖精に助けてもらったんだって。「もういいよ、そんな話。」ママの話をさえぎって七海は目をつぶった。[emoji:v-252]「お腹の赤ちゃんがびっくりするから、 あんまり張り切って片付けなくていいよ。 七海もしっかり、ママを手伝ってあげてね。」聞こえないふりしていたら、パパはママのお腹にバイバイして、仕事に出かけて行った。 二階の窓から見下ろすと、となりの庭が見える。あれ、おとなりのゆりさん、大きな木を見上げて何かしゃべっている。だれもいないのに変なの。ゆりさん、七海に気がついた。「こ、こんにちは。何してるんですか?」「ふふ、そろそろ桜の花、咲かせる気がないか、ちょっと聞いていたのよ。」そう言ってゆりさんは、その木をぽんぽんって優しくさわった。よく見るとまだ硬そうだけど、あちこちにつぼみがついている。「あらあら七海ちゃん、春も近いのにそんな退屈そうな顔をしちゃって。 うーん、その様子じゃ、まだ会えてないようね。」ゆりさんはまゆを上げ、目をクリンとさせて、笑った。初めて会った日もゆりさんはこんな風に笑って、七海の耳元でささやいたんだ。「この街には妖精がいるのよ、七海ちゃんもきっと気に入るわ。」[emoji:v-252]今日もダンボール箱の山の中、大きなお腹をさすりながら、ママはお片付けをしている。                 「ああ、疲れた。七海はもう、お部屋片付いた? できたらこっちも手伝って欲しいなぁ。」ひと休みしようって下に降りて来たのに・・。「そんなに大変なんだったら、引越しなんてしなきゃ良かったのに。」七海の口からチクチクとがった言葉が飛び出した。ママは少し驚いた顔をした。「私は転校なんてしたくなかったもん。 きょうだいなんて、別に欲しくなかったもん。」─楽しみだね、七海のお部屋もできるのよ。お引越しの話がどんどんすすんで行く中で、今までどうしても言えなかったことが、涙といっしょにぼろぼろあふれ出した。ママは、悲しそうな目をして七海の言葉を黙って聞いたあと、「ごめん。ママ、はしゃぎすぎてたよね。」 そう言って七海のおでこに自分のおでこをこつん、くっつけた。[emoji:v-252]トゥルルル、トゥルルル。留守番してたら電話がなった。あわてて出たら、病院に行ってるはずのママの声。何だか元気がない。「急でごめんね。ママ、入院しなくちゃならないの。 パパからの連絡待ってるんだけど、そっちに電話があったら、 伝えてくれないかな? 入院用のかばん持って来て下さいって。 心配しなくていいのよ、おばあちゃんが夕方には来てくれるからね。 パパに連絡が取れない時は・・ ああ、でも、やっぱり一度帰らしてもらおうかなぁ・・。」赤ちゃんは予定よりうんと早く生まれたがっていて、でもそれは、赤ちゃんにとっても、ママにとっても大変なことなんだ。─きっと、引越しで忙しかったの、良くなかったんだ。 私がちゃんと、お手伝いしてあげてたら・・。 どうしよう、赤ちゃんとママに何かあったら、どうしよう・・・。七海の足はガクガクふるえた。心臓はドクンドクンいっている。「かばん、私持って行く。持っていくよ。 病院の場所わかる。ちゃんと覚えてる。動かないで待ってて。 すぐ行くからっ。」[emoji:v-252]ママが、いいよ、いいよ、というのを押し切って、七海は必要なものを聞き出し、かばんにつめた。玄関のカギ、カチャリ 閉めてると「大丈夫?おばちゃん一緒に行こうか」ゆりさんが言ってくれた。だけど七海は、ひとりで大丈夫、ってきっぱり言ったんだ。七海はくちびるをきゅっと結んで、ずんずん歩き続けた。きっとすぐ解かる。橋を渡って、真っ直ぐ行って・・右に曲がって、左に曲がって・・・。そろそろ白い建物が見えてくるはず・・。なのに、どうしても見えない。少し引き返し、立ち止まり、また考えた。─どうしよう、迷子になっちゃった・・・。心細さを追い出すみたいに、足をふんばってぎゅっと目をつぶると、ママの小さい頃のあの話、思い出した。迷子になって泣いてたママ、道案内してくれた小さな小さな妖精・・。「妖精さん、いるの?いるならお願い。道がわからないの。 病院でママが待ってるの。」泣きたくなんかないのに、涙が出てきて、まわりがぼんやりかすんで見えた。 そのときなんだ。小さな羽音、聞こえたよ。「コッチダヨ、ツイテキテ。」桜の花びら色の小さなものが、七海の耳元からふわり、風に乗って七海の先を飛んでいく。涙をふいて追いかけると、お日様の光を受け、とんぼの羽のみたいなものがキラキラ輝いた。「ヤット気ガツイタネ。」嬉しそうな声がした。[emoji:v-252]「ママ!はい、かばん。」ママに会えてほっとする。こんなに重いかばんを持ってたんだ、七海は今頃気がついた。「七海、ありがとう。」ママは七海をぎゅーっと抱きしめてくれたよ。「初めての道なのに、よく来られたね。」「あのね、あのね、私にも妖精、ちゃんと来てくれたんだ。 ここまで一緒だったの。」夏海は嬉しくて、クルクル回ってそう言った。[emoji:v-252]帰り道、行きかう街の人たちの笑顔の先に、肩ごしに、キラリ 妖精の羽が見える気がする。ゆりさんが心配して後ろを付いて来てたことや、大きなかばんを持って泣きそうな顔した七海に、色んな人が声を掛けようとしてくれていたことを、七海は全然知らない。だけど、七海は心から思ったんだ。「この街、大好きになりそうよ。」[emoji:v-252]家にはおばあちゃんの焼くケーキのにおい。ゆりさんちの桜、いっせいに咲いている。そして七海にもはっきり、誰かさんたちの呼びかける声が、聞こえたよ。「オカエリ。ガンバッタネ。」「オカエリ。ヨクヤッタネ。」

ぺんぺん草 花束にして

オリジナル小説、随筆など。fc2「stand by me 」から引っ越しました。

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