思い出の居場所~公園の童話⑥

少し思い出すことがあって 閉校してしまった私の小学校のことを絵日記に綴ると、たくさんの人から 温かいコメントを頂きました。今回の「公園の童話」は「子どもが大勢いた時代」の「子ども(私)」のセンチメンタルなお話です。                     2006.1

ガツウン・・ゴツウン・・ツン と冷えた空気を震わせて 大きな建物を取り壊すような音だけが 遠くから響きます。子ども達の冬のお休みも終わり 公園にも またいつもの日常が戻ってきました。このところ ベンチの不機嫌なことはこの上なく 何につけてもブツブツと文句ばかり言うので黒猫でさえ ベンチの傍に近寄りません。その理由はといえば 子どもたちが 木に引っ掛けた凧を取るためにベンチに土足で上ることなのですが、ある時は 大人に 別の木の傍に引きずっていかれたことまであり、「凧揚げなんて 迷惑千万。  あんなものは 即刻やめさせるべきだ。」凧を持って 近づいてくる子どもを見るだけでベンチはもう あからさまに嫌な顔をします。カラスはカラスで 白鳥たち、池の水鳥ばかりが人気なのが気に入らない様子ですが、「その割りに おこぼれ貰って 喜んでるじゃない。」スズメたちに からかわれては プイと怒ってどこかへ飛んで行ってしまうという有様でした。  *   *   *「桜じいさん、解かった、解かったよぉ。」息せききって 一羽のスズメが飛んできました。「あの音ね、工事の・・。  古い方の小学校 取り壊しなんだって。」「『古い方』って・・・桜じいさん?」若い桜が じいさん桜に尋ねます。「古い・・か・・。 あれが建って そうだな・・40年    ・・・いや もっと経つのかな・・」じいさん桜が ゆっくりと 記憶をたどるように言いますと「フン、いずれにせよ  じいさんに較べりゃ ヒヨッコの部類なんだがな。」ベンチが 苦苦しげに 口を挟みました。じいさん桜の言葉の続くのを待って 久しぶりに皆が集まり出しますといつもの黒猫も 何処からか ゆうるりと姿を現し じいさん桜の根元の 北風の当たらない場所を選んで座りました。「子どもの数が 増え続けた時代があった。」じいさん桜の 思い出話が 静かに静かに 始まります。「まだ この公園もこんな風には整備されていない頃の話だ。 畑ばかりだった このあたりの土地に 家がたくさん建ったのだ。 どれも 大きな家ではなかったけれどもね。 小さな子どもが二人くらいいる、若い両親がちょうど欲しくなるような   ささやかな夢をかなえてくれる・・・そんな 家たちだった。 子ども達が通う小学校が そのまん中に建てられた。 それが その『古い方』の学校だ。」じいさん桜が 話すのを止め、皆が耳を澄ますと遠くから 解体作業の音が 響きます。その音は まるで 身体を失っていく小学校の 嘆く声のようにも聞こえるのでした。じいさん桜は 静かに息を継いで、話を続けます。「子どもたちの数が増えるのに合わせ 小さな四角いコンクリートの校舎は 右に 左に 増築を重ね 遅れて 体育館が建ち、プールが出来た。 学校の近くの古い団地も 大きなマンションに建て替えられていくと また 子どもたちが大勢入ってきて 小学校には 渡り廊下で繋がった 新しい校舎もできた。 授業の始まりや終わりを告げる チャイムの音や 子どもたちの元気な声は 風に乗って、よくここまで響いたものだ。」「そう、そう その学校よ。 でも もう使われなくなって 何年も経ってたんだって。」スズメが 羽をパタパタさせて 言いました。「子どもたちが少し減ったって言っても まだまだ いたんでしょ? いったい どこに行ってしまったの?」若い桜が 不思議に思って聞きますとじいさん桜はいつものように 長い合間をおいてつぶやくように 語り続けます。「そのうち 大きなマンションが  少し離れたところにいくつも建った。 そう、子どもの数は それから まだまだ増えたのさ。 あまりに増えたので 少し離れただけの所に  もう一つ小学校ができたほどだ。 そのために 同じ学年の友達たちが  ふたつの小学校に分けられてしまって 悲しい思いをしたんだよ。」「だけど その子たちが大きくなって 小学校を出てしまった後  今度は 入ってくる小さな子がどんどん少なくなってきたのよね。」おしゃべりスズメが フゥとため息ついて 言います。「古い方の小学校はその後閉校して  その役目を 新しく出来た方に譲ったんだね。」─ いやだよお こわさないでおくれよお・・・  ここは 子どもたちの 大事な 思い出の場所なんだよお・・校舎が泣きながら 訴えているような気がして 若い桜は 胸がクツクツ痛みます。「小学校として使われなくなってからも  色々な催しや 地域の人たちために 使ってはいたそうだけれどね・・ 今度は すっかり建て直しして・・・  えっと、何になるんだって? スズメや?」じいさん桜が聞きますと 「お年寄りのための 建物ですって。」スズメは じいさん桜に聞かれるのが さも得意だという風にクイと首を長くして 答えます。「そんな風に壊してしまっていいの?桜じいさん? 卒業生たちの思い出の場所が なくなってしまうんだよ。 校舎の悲鳴が聞こえるよ。 こわさないで、こわさないでって・・。」若い桜は たまらない思いで じいさん桜に問いかけました。じいさん桜は すぐには答えず 誰も 何も言いません。「見てごらん お前さん。  ほら スズメ・・校舎に伝えてやるんだな・・」長い沈黙のあと ふいにベンチが 若い桜とスズメに言いました。 ちょうど年配の男の人が ベンチの前を通りすぎるところでした。その人は 立ち止まって しばらく空を見上げ 耳を澄ませ遠い物音をじっと聞いている様子でした。その人は ひと言も言いませんでしたが 解体の音を風の中に聞いて 何かを思っているということだけは若い桜にも わかりました。そして 若い桜は その日から何回も通りかかる何人もの人が 取り壊されていく校舎の声に耳を澄まし 何かを思い出したり 語り合ったりしている様子を 見かけたのでした。「校舎がいくら解体されても・・・  そう、どんなに 形がなくなっても・・」じいさん桜は ひとり言のようにつぶやきます。「大丈夫、あの小学校を大切な思い出として思い出す人が居る限り 本当の意味では なくなってしまいはしないのだよ。」じいさん桜は 誰に言うとはなしに 続けます。「建物のかたちこそ なくなってしまうけれど  数知れない思い出の かけらとなって 何処にでも それは 在り続けるのだからね。 そして 残されたグラウンドの土にも、 新しい建物の上を通り過ぎる風にも 子どもたちの歓声や 足音や 懐かしい思い出の風景は きっと 感じ取ることができるのだ。 そしてまた 新しい思い出を  そこに積み重ねていくことができるのだ。」風の中に、空気の中に 誰かの大切な思い出が きらめくかけらとなって漂っているような気がします。若い桜は そのかけらたちが 風に運ばれて それぞれの心に帰っていくことを想像しました。そしてまた、これから新しく建つという施設にお年寄りや 地域の子どもたちの笑い声が響く日がやってくるのを 思い描きます。 それはとても 幸せな気持ちになる風景でありじいさん桜の傍に 皆が集まるときには誰からとはなしに そんな建物の将来の姿を 語り合うのでした。    

ぺんぺん草 花束にして

オリジナル小説、随筆など。fc2「stand by me 」から引っ越しました。

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